(大乱)75
下校する頃合いになってから空気が変わった。
まず教師達、その多くが厳しい表情になった。
送迎の馬車の馭者達も一様に表情が暗い。
顔見知りの者を見つけると歩み寄り、情報交換を行っていた。
その点は、腐ってもお貴族様の使用人、感心した。
門で執事・ダンカンとウィリアムが待ち構えていた。
この二人の顔色にも出ていた。
異常事態出来。
俺は素知らぬ振りで尋ねた。
「どうしたの、二人とも顔が怖いよ」
ダンカンが応じた。
「拙い事態になりました。
美濃の寄親伯爵様が挙兵しました」
それが俺の演技開始の合図になった。
ダンカンとウィリアムを交互に見た。
「何を言ってるんだ」
「アレックス斎藤伯爵が寄子貴族を招集して、
岐阜近郊の国軍駐屯地を襲いました。
伯爵軍は国軍を壊滅させた後、東へ向かったそうです」
俺は目を大きく開けた。
「東は・・・、木曽ではないか」
「そこまでは、はっきりしていません。
国都に伝わった現地の情報は、そこまでです」
俺はウィリアムに視線を転じた。
「手を打ったか」
「偵察五騎を走らせました」
「どのくらいで着く」
「伯爵軍を迂回しての行動になりますので、
三日から四日は掛かるかと思われます」
「そうか、戻るとなると、十日くらいか。
無事に戻ってくれる事を祈ろう」
俺は大きく頷いた。
再び、ダンカンを見遣った。
「ポール殿は」
ポール細川子爵は当家の実質的な後見人。
このダンカンは細川子爵家執事の次男。
屋敷の使用人の多くも細川子爵家からの移籍組。
兵士達もそう。
木曽に駐屯しているのはポール殿が仕切る派閥の子弟が多い。
ダンカンが応じた。
「まだ王宮から戻られていません。
王妃様と対策を練っておいでなのでしょう」
ポール殿との連携はダンカンに、情報の収集はウィリアムにと、
二人に委ねたので俺は手持ち無沙汰になった。
まあ、本来はこれが正しい形かも知れない。
家臣団に全幅の信頼を置く若き当主。
若過ぎるお子様子爵を守り立てる家臣団。
実に美しい。
でも夜は違う。
暗くなったら俺の時間。
夜の帳が下りたので、さっそく転移でお散歩に出かけた。
向かう先は決めていた。
スラムだ。
サンチョとクラークだ。
悪党二人から情報を搾り取ろう。
二人のアジトは外郭東区画のスラム。
奉行所から指名手配されてる二人なので、
どうしても生活の中心はスラムになっていた。
そのアジトの屋根に転移した。
探知と鑑定で下を調べた。
罠はないか、罠はない。
知らない人間はいないか、いた、増えていた。
何れも手下。
恐れるほどのスキル持ちはいない。
俺は屋根の上で悪党用ファッションに偽装した。
編み上げの長靴、細目のズボン、シャツ、フード付きローブ。
色は、濃淡はあるがグレー系で統一した。
これに魔法使いの杖、魔法杖。
そして仮面。
俺は初期の頃に比べ、育ち盛りなので背丈が伸びた。
胸囲も同様。
それを見越して、それらに【自動サイズ調整】を施していた。
今も難無く着られた。
でも色には飽きたかな。
スキルの偽装は初期のままで問題ないだろう。
たぶんだが、俺を上回るスキル持ちには早々、遭遇しないと思う。
だから、鑑定や探知をかけられても恐れる必要はない。
サンチョとクラークは何時もとは違う部屋にいた。
どうやらここが新しい執務室らしい。
俺は二人の死角に転移した。
ゆっくり二人の様子を見守った。
サンチョは執務机で山積みの書類と格闘していた。
顔色から判断すると、儲けているのだろう。
クラークは相も変わらずソファーで酒浸り。
それでも、相棒兼用心棒としの腕は落ちていない。
一拍置いて、俺の方へ視線を転じた。
鼻を鳴らして相棒に知らせ、俺に抗議した。
「フンッ、表から入る習慣はないのか」
「ここの習慣は不法侵入だろう」
「抜かせ・・・、どういう躾を受けているんだ。
親の顔が見てみたいもんだな」
「止めて置け。
見ると、後光が差しているから、目が潰れるぞ」
「そんな安い目は持っちゃいねえよ」
サンチョが机を拳で叩いた。
「その辺で止めてくれ」
クラークが肩を竦めてソファーに凭れ掛かった。
俺も肩を竦めてサンチョを見た。
「すまんな、クラークの爺さんを見るとな・・・」
クラークが反応した。
「フンッ、俺はお前の爺さんじゃねえ」
俺もお前の様な爺さんを持った覚えはない。
しかし、このクラーク、確か、六十六だった筈だ。
年齢的には余裕で爺さんだ。
後期高齢者か。
サンチョが苦笑いで俺を見た。
「それで今日は何のご用ですかな」
「悲しいよ、その他人行儀な言い方。
俺がお前たちの金主だろう」
「まあ、それはそうなんですが・・・」
俺は虚空から金貨が入った小袋を取りだし、机に放り投げた。
小金貨100枚。
サンチョが袋を開けて金貨の質を確認した。
「今回もダンジョン産ですね」
「他に手持ちがなくてね」
「いやいや、これで結構です。
何時もの様に百枚ですね。
それでご用は・・・」
「情報収集だ。
一人目はパム・ペイン」
サンチョは顔を顰めて考えた。
少しして思い至った顔。
「西区の貸金業者ですね。
正確にはペイン商会のパム。
この所、お貴族様を真似て店の名前を口にする輩がいて、手を焼きます。
このパム・ペインもそうです。
ペインはただの商会名、奴は正真正銘の平民、パム。
スラムにて貸金業を行っているパムですね。
それが何かやらかしました。
金主様の為なら、こちらで片付けても宜しいですよ。
なあ、クラーク」
クラークがソファーから身を起こした。
「ああ、良い暇潰しになりそうだな」
俺は虚空から酒瓶を取り出し、ソファーに放り投げた。
柔らかい革張りの上で酒瓶が二転三転した。
今にも床に落ちそう。
それを慌ててクラークが取り押さえた。
「割れるじゃねえか」
「生憎、今のところクラークの出番はない。
遣るとしたら、うちの仲間だ。
代わりにその酒で満足してくれ」




