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異世界ブギウギ。  作者: 渡良瀬ワタル
272/373

(大乱)73

 クリトリー・ハニーが伯爵に人払いを願った。

初対面の貴族を相手に堂々としていた。

飲むしかなかった。

執事一人を残して下がらせた。

クリトリーが満足そうに頷き、はっきり言った。

「支払い期限は一ヶ月後がなります。

その点、ご承知おき下さい」

 伯爵は承服できなかった。

「この金額を一ヶ月で揃えろと言うのか。

どう考えても無理だろう」

「でしたら、国都の侯爵様にお願いに上がりますか」

 伯爵の実父は侯爵として評定衆に名を連ねていた。

「なにを・・・、ワシの許可なく勝手に会うと言うのか」

「当然でございましょう。

金額が金額ですので」

「ふざけるな、貴様、何様だ。

ワシを虚仮にするのか。

これでも伯爵だ。

人は幾らでもいる。

店に送り込んでやろうか」

 暗に商売を潰すと示唆した。

するとクリトリーが笑顔で返した。

「それは面白い。

潰せるものなら、潰してごらんなさい」


 二人で睨み合っていると執事が口を開いた。

「どうかお二人とも、ご冷静に。

只今、お茶を運ばせましょう」

 水入り、否、お茶入りになった。

執事がドアから外に顔を出し、廊下に控えていたメイドに声をかけた。

「新しいお茶を頼む」


 伯爵は運ばれたお茶を手に、考えた。

国都の父・侯爵に知れたら怒られるどころではない。

まず確実に隠居させられ、弟の誰かが後を継ぐ。

自分は見せしめに鄙な山村に送られ、そこで死ぬまで蟄居の身だ。


 クリトリーがお茶を飲み終えると口を開いた。

「金額に匹敵する仕事があるのですが、如何ですか。

私からの仕事ではなく、友人からの依頼になります。

ご紹介いたしましょうか」

 伯爵は理解できなかった。

代わって執事が尋ねた。

「横から失礼いたします。

その依頼を受けて、完遂すれば相殺になるので御座いますか」

 クリトリーがにこやかに頷いた。

「はい、その通りです。

きちんと契約書もご用意いたします」


 翌々日、クリトリーの友人が屋敷を訪れた。

イマン・ホーン。

彼女は金髪に青いターバンを巻いていた。

挨拶もそこそこに仕事の話になった。

「私共の依頼を受けて頂ける、そうお聞きしました」

「受けるか受けないかは、依頼の内容を聞いてからだ」

「それでは、まずこれを」

 何もない所から封書を取り出した。

亜空間収納スキルを隠そうともしない態度に伯爵は凍り付いた。

普通は隠すスキル。

それを堂々と披露するとは、あしらい難い。


 イマンがテーブルに置いたのは一見すると官製の大型封書。

執事が事務的な態度で封書を受け取った。

裏表を確認するが、目付き、手付きがおかしい。

何やら困惑していた。

しかし、何も言わずに伯爵に手渡した。

 受け取った伯爵は手触りで、ハッとした。

ただの官製封書ではない。

宮廷上層部が用いる物だ。

慌てて封蝋を見た。

王家の印璽。

封は切らず、丁寧に剥がした。

中には定形封書が二通、入れられていた。


 一通目は管領よりの添え状。

これは要するに二通目を保障するもの。

勿論、見慣れた管領の花押があった。

二通目が王妃様よりの命令書。

それは、よりにもよって密勅。

これには当然、王妃様の花押があった。


 一読した。

密勅を要約すると、

「美濃地方の寄親伯爵、アレックス斎藤に下命する。

木曽の領主、ダンタルニャン佐藤子爵が関東代官に組した。

美濃地方の国軍と語らい、近々に兵を挙げる。

彼等の目的地は国都である。

旗下の寄子貴族を率い、一味を早々に討伐せよ」とあった。

 開いた口が塞がらない。

討伐の勅命だ。

封書も印璽も、用紙も花押も本物だ。

が、この様な形で来る事はない。

肝心の使者が・・・、イマン。

有り得ない。

伯爵は疑わし気な視線でイマンを見た。


 イマンは無表情で伯爵を見返して来た。

読めない。

伯爵はその二通を執事に手渡した。

目色で読めと命じた。

受け取った執事は仕方なく目を通した。

唸る、唸る、唸る。


 漸くイマンが口を開いた。

「それがあれば言い訳も出来るでしょう」

「良く出来てる。

誰が見ても本物だと断言するだろうな。

しかし、王妃様と管領様が否定する」

「小さなことは気にしないの。

万一の際は、それが貴方の命を救うわ。

皆に、密勅と騙された、そう叫べは良いのよ。

分かるわよね。

さて、本題はここからよ」

「これが、ではないのか」

「そうよ、それはただの言い訳の材料」


 イマンは執事が読み終えたのを確認して説明した。

「大事なのは木曽の領都を包囲し、攻撃して血を流すこと。

それで大樹海の魔物達を引き寄せて欲しいの。

目的は魔物のスタンピードよ。

貴方は血を流す事に専念して。

スタンピードはこちらで引き受ける。

専門の連中にやらせる。

だから期日はスタンピードが発生するまで。

発生の事実で借金を相殺にするわ。

・・・。

分かったかしら。

聞いた以上は、ナシはなしよ。

こちらが契約書よ」


 イマンが再び亜空間収納から取り出したのは、ちょっと毛色の違う紙。

真新しい羊皮紙。

それをテーブルに置いた。

執事が摘まみ上げた。

「これが契約書ですか」

「ええ、そうよ。

しっかり確認してちょうだい」

 役目柄、文面に目を通した。

契約書の文言を精査した。

読み進むにつれて目色が変化した。

悪い方向へ。

「契約の細目に問題はない。

ただ、書面の枠外の紋様が・・・。

これは『ジイラール教団』の紋様ではないか」


 都雀は彼等を通称『ジイラール教団』と呼ぶ。

冥王・ジイラールを主神として祀っているせいで、

邪教として禁制の対象になっていた。

陰では暗殺教団とも噂されていた。


 伯爵は教団名に怯えた。

それをイマンが片手を上げて制した。

「何も心配ございませんわ。

さあ、サインを下さいませんか」

 脅しも同然の紋様だ。

彼の教団は、斧で対象者の頭をかち割る、そうも噂されていた。

それが仕事の流儀らしい。


 伯爵はサインする前に意を決して尋ねた。

「スタンピードまでは理解した。

それで、どこへ向かわせる」

「良いでしょう。

向かうのは、この国都。

それ以上は教えられません」


 俺は全裸伯爵の自白を止めた。

先が読めるだけに、これ以上は必要ない。

それよりも急ぐ用事が出来た。

直ちに眷属二人に声を掛けた。

『アリス、ハツピー、領都に戻ろう。

スタンピードを誘導する連中がいる様だ』

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