(大乱)73
クリトリー・ハニーが伯爵に人払いを願った。
初対面の貴族を相手に堂々としていた。
飲むしかなかった。
執事一人を残して下がらせた。
クリトリーが満足そうに頷き、はっきり言った。
「支払い期限は一ヶ月後がなります。
その点、ご承知おき下さい」
伯爵は承服できなかった。
「この金額を一ヶ月で揃えろと言うのか。
どう考えても無理だろう」
「でしたら、国都の侯爵様にお願いに上がりますか」
伯爵の実父は侯爵として評定衆に名を連ねていた。
「なにを・・・、ワシの許可なく勝手に会うと言うのか」
「当然でございましょう。
金額が金額ですので」
「ふざけるな、貴様、何様だ。
ワシを虚仮にするのか。
これでも伯爵だ。
人は幾らでもいる。
店に送り込んでやろうか」
暗に商売を潰すと示唆した。
するとクリトリーが笑顔で返した。
「それは面白い。
潰せるものなら、潰してごらんなさい」
二人で睨み合っていると執事が口を開いた。
「どうかお二人とも、ご冷静に。
只今、お茶を運ばせましょう」
水入り、否、お茶入りになった。
執事がドアから外に顔を出し、廊下に控えていたメイドに声をかけた。
「新しいお茶を頼む」
伯爵は運ばれたお茶を手に、考えた。
国都の父・侯爵に知れたら怒られるどころではない。
まず確実に隠居させられ、弟の誰かが後を継ぐ。
自分は見せしめに鄙な山村に送られ、そこで死ぬまで蟄居の身だ。
クリトリーがお茶を飲み終えると口を開いた。
「金額に匹敵する仕事があるのですが、如何ですか。
私からの仕事ではなく、友人からの依頼になります。
ご紹介いたしましょうか」
伯爵は理解できなかった。
代わって執事が尋ねた。
「横から失礼いたします。
その依頼を受けて、完遂すれば相殺になるので御座いますか」
クリトリーがにこやかに頷いた。
「はい、その通りです。
きちんと契約書もご用意いたします」
翌々日、クリトリーの友人が屋敷を訪れた。
イマン・ホーン。
彼女は金髪に青いターバンを巻いていた。
挨拶もそこそこに仕事の話になった。
「私共の依頼を受けて頂ける、そうお聞きしました」
「受けるか受けないかは、依頼の内容を聞いてからだ」
「それでは、まずこれを」
何もない所から封書を取り出した。
亜空間収納スキルを隠そうともしない態度に伯爵は凍り付いた。
普通は隠すスキル。
それを堂々と披露するとは、あしらい難い。
イマンがテーブルに置いたのは一見すると官製の大型封書。
執事が事務的な態度で封書を受け取った。
裏表を確認するが、目付き、手付きがおかしい。
何やら困惑していた。
しかし、何も言わずに伯爵に手渡した。
受け取った伯爵は手触りで、ハッとした。
ただの官製封書ではない。
宮廷上層部が用いる物だ。
慌てて封蝋を見た。
王家の印璽。
封は切らず、丁寧に剥がした。
中には定形封書が二通、入れられていた。
一通目は管領よりの添え状。
これは要するに二通目を保障するもの。
勿論、見慣れた管領の花押があった。
二通目が王妃様よりの命令書。
それは、よりにもよって密勅。
これには当然、王妃様の花押があった。
一読した。
密勅を要約すると、
「美濃地方の寄親伯爵、アレックス斎藤に下命する。
木曽の領主、ダンタルニャン佐藤子爵が関東代官に組した。
美濃地方の国軍と語らい、近々に兵を挙げる。
彼等の目的地は国都である。
旗下の寄子貴族を率い、一味を早々に討伐せよ」とあった。
開いた口が塞がらない。
討伐の勅命だ。
封書も印璽も、用紙も花押も本物だ。
が、この様な形で来る事はない。
肝心の使者が・・・、イマン。
有り得ない。
伯爵は疑わし気な視線でイマンを見た。
イマンは無表情で伯爵を見返して来た。
読めない。
伯爵はその二通を執事に手渡した。
目色で読めと命じた。
受け取った執事は仕方なく目を通した。
唸る、唸る、唸る。
漸くイマンが口を開いた。
「それがあれば言い訳も出来るでしょう」
「良く出来てる。
誰が見ても本物だと断言するだろうな。
しかし、王妃様と管領様が否定する」
「小さなことは気にしないの。
万一の際は、それが貴方の命を救うわ。
皆に、密勅と騙された、そう叫べは良いのよ。
分かるわよね。
さて、本題はここからよ」
「これが、ではないのか」
「そうよ、それはただの言い訳の材料」
イマンは執事が読み終えたのを確認して説明した。
「大事なのは木曽の領都を包囲し、攻撃して血を流すこと。
それで大樹海の魔物達を引き寄せて欲しいの。
目的は魔物のスタンピードよ。
貴方は血を流す事に専念して。
スタンピードはこちらで引き受ける。
専門の連中にやらせる。
だから期日はスタンピードが発生するまで。
発生の事実で借金を相殺にするわ。
・・・。
分かったかしら。
聞いた以上は、ナシはなしよ。
こちらが契約書よ」
イマンが再び亜空間収納から取り出したのは、ちょっと毛色の違う紙。
真新しい羊皮紙。
それをテーブルに置いた。
執事が摘まみ上げた。
「これが契約書ですか」
「ええ、そうよ。
しっかり確認してちょうだい」
役目柄、文面に目を通した。
契約書の文言を精査した。
読み進むにつれて目色が変化した。
悪い方向へ。
「契約の細目に問題はない。
ただ、書面の枠外の紋様が・・・。
これは『ジイラール教団』の紋様ではないか」
都雀は彼等を通称『ジイラール教団』と呼ぶ。
冥王・ジイラールを主神として祀っているせいで、
邪教として禁制の対象になっていた。
陰では暗殺教団とも噂されていた。
伯爵は教団名に怯えた。
それをイマンが片手を上げて制した。
「何も心配ございませんわ。
さあ、サインを下さいませんか」
脅しも同然の紋様だ。
彼の教団は、斧で対象者の頭をかち割る、そうも噂されていた。
それが仕事の流儀らしい。
伯爵はサインする前に意を決して尋ねた。
「スタンピードまでは理解した。
それで、どこへ向かわせる」
「良いでしょう。
向かうのは、この国都。
それ以上は教えられません」
俺は全裸伯爵の自白を止めた。
先が読めるだけに、これ以上は必要ない。
それよりも急ぐ用事が出来た。
直ちに眷属二人に声を掛けた。
『アリス、ハツピー、領都に戻ろう。
スタンピードを誘導する連中がいる様だ』




