(大乱)72
全裸伯爵は慌てて起き上がった。
姿の見えない俺を探しあぐね、斜め上に向けて怒った。
「どこだ、姿が見えないぞ」
へっぴり腰の気概を見せられても困る。
それでも命令に従ったので【奴隷の首輪】に施された術式が停止した。
怒鳴ったからか、奴は大いに咳込む。
鎌鼬の傷口も痛々しい。
僕は弱い者虐めは嫌いだ。
鎌鼬で傷付いた奴の身体を治療してやろう。
まず光魔法のクリーン。
傷口を洗う。
しかる後、治癒魔法のヒール。
傷を治す。
でもHPの回復は行わない。
弱ったままにして置いた。
奴は戸惑った。
魔法もだが、俺の行いが理解できないらしい。
自身の身体を見回しながら、さかんに視線を巡らし、俺を探す。
俺は風魔法を纏い、移動しながら脅した。
「同僚の亡霊達が知りたがっている。
何故、我等の駐屯地を襲った。
全員が納得できるように答えろ」
「邪魔だったからだ」
【奴隷の首輪】が反応していない。
何の為に邪魔だったのか。
でも演技してみよう。
「邪魔・・・。
それだけで皆を殺したのか」
雷魔法を起動した。
イメージはヒリヒリ。
奴の心臓には負担をかけない様に留意した。
Go。
奴がひくついた。
奇妙な声を漏らした。
「ウッヒュー」
小刻みに震え、手足をばたつかせた。
変則的で、不器用な踊り・・・。
これは面白い、見物だ。
でも見物人がいないのでお金は取れない。
「ヤヤヤッ、メテック、レーーーー」
少し力を強めた。
イメージはビリビリ。
「アワワワッ、イタイッ、イタイッ」
奴の手足の動きが早まった。
ドタバタ、ドタバタ。
全身の毛も逆立った。
・・・。
飽きた。
おっさんの裸踊りは楽しくない。
俺は魔法を解いた。
奴は電気が切れた人形の様に、その場にドッと崩れ落ちた。
こんな奴に時間はかけたくない。
俺は命じた。
「立て。
一切をキリキリ吐け。
ちょっとでも嘘が混じっていたら、魔物の巣に放り込む」
奴はビクッとし、サッと立ち上がった。
「頼まれた」弱々しい。
「誰に」
「パム・ペインに頼まれた」
「それは誰だ。
どこに住んでいる何様だ」
「国都の貸金業者だ。
ペイン商会。
店は外郭西区画に構えている」
借金が原因なのか。
「国軍の駐屯地を殲滅し、木曽の領地に軍勢を差し向ける程の金額か」
「ああ・・・、そうだな」
奴の答えに納得できない。
寄親伯爵であるなら、大抵の借金は何とでも対処できる。
加えて、奴の親父は王家の評定衆の一人。
尚更、家柄と権力が活かせる。
上から目線で棒引きを求めても良し、半減でも良し。
駄目なら、濡れ衣を着せて店自体を潰す事も出来る。
俺はそれを指摘した。
ところが奴の返答は違った。
「奴にはそれが効かない。
奴は、当家の借金を別の業者に売りつけたやがった。
専門の取り立て業者だ」
貴族の負債を債権回収業者に委託する事は稀にある。
信用のある商人ギルド傘下の業者だ。
でもそれは両者の合意によってのみだ。
「事前に合意したのか」
「知らぬ間に売られていた」
合意の上なら些少は割り引かれる。
それが知らぬ間にとなると。
「それは、裏の借金か」
表の借金があれば、裏の借金もある。
裏の借金であれば、そうやたらに表沙汰には出来ない。
債権回収業者も快く引き受けてはくれない。
奴は不機嫌な顔で黙った。
俺は命じた。
「喋れ」
奴の口は閉じられたま。
首輪が応じた。
ちょっと絞まった。
「ゲッゲー」
奴の手が首輪に触れた。
俺は見逃さない。
風魔法を起動した。
鎌鼬。
奴の右耳を削いだ。
「ギャーーー」
鈍い切れ味をイメージしたので、痛みが倍加したようだ。
奴は涙目、両手で傷口を押さえた。
俺は今回は光魔法も治癒魔法も使わない。
それが奴にも分かったのだろう。
奴は両手で止血しようと懸命になった。
俺は奴に告げた。
「まだ左耳や鼻が残っているな。
ああ、手の指や足の指もあるか。
良かったな、夜は長い、じっくり行こうや」
奴がついに観念した。
鼻水混じりの涙を流しなから話し始めた。
事の起こりは伯爵の性癖にあった。
ギャンブル。
表で行われているカジノや競馬、牛相撲や闘鶏に飽いた彼は、
踏み込んではいけない世界に踏み込んだ。
それはスラムで催されている裏カジノであり、地下格闘技であった。
裏社会の者達が伯爵を見逃す筈がない。
最初は勝たせる様に細工し、酒と女で接待した。
掛け金が不足すれば貸金業者も紹介した。
寄親伯爵様なので上限はなし。
そんな甘々な姦計に伯爵は嵌った。
気付いた時には大きく負け越していた。
と言うか、利息が大きく膨らんでいた。
実際に借りた金額より、利息分が占める割合が大きかった。
領地から上がる税収が過少に見えた。
それでも貸金業者からの催促はなし。
いい気になった彼はスラム通いを止めなかった。
突然、幕が下ろされた。
貸金業者のパム・ペインが伯爵邸を訪れて通告した。
「伯爵様への貸付が大きく膨らみました。
これでは我々の手には余ります。
そこで負債を一割引きでハニー商会に売りました」
一割引きで親切顔をされた。
それでも返済の目処は立たない。
伯爵は言葉がなかった。
口を開く前にパム・ペインが連れの女を紹介した。
「この者がハニー商会の店主です。
クリトリー・ハニー。
以後はこの者と良しなに」
パム・ペインは女を残して、サッサと帰って行った。




