(大乱)71
俺はアリスとハッピーに伯爵誘拐の手順を説明した。
聞いた二人はあくどい表情をした。
『それ良いわね』
『ポー、良いかも良いかも』
俺は虚空からダンジョン産の【奴隷の首輪】を取り出した。
それを風魔法でもって操り、伯爵に装着した。
首元が冷たい筈なのだが、目を覚ます気配がない。
俺は奴に光体を纏わせ、光学迷彩を施した。
奴を透明化して上空に転移させた。
アリスから返事が来た。
『汚い、汚い、汚物。
でも捕獲、捕獲、これで良いのよね』
『パー、汚物お陀仏』
気持ちは分かる、
何故なら、伯爵と言えども、おっさん。
それも裸体。
全裸伯爵を見て嬉しい訳がない。
俺も上空に転移した。
アリスとハッピーの方を見た。
二人は魔物・コールビーの、エビスゼロとエビス一号の三対六歩足で、
全裸伯爵を捕獲していた。
上半身をアリス、下半身をハッピー。
幸い光体が緩衝材の役割を果たしているので、伯爵の身体に傷はない。
その伯爵に目覚める気配は一向にない。
完全に熟睡していた。
俺は尋問場所を探した。
鑑定を広げた。
見つけた。
街道を西に向かった先にそれがあった。
道の駅だ。
宿場町と宿場町の間に設けられた野営地だ。
駅馬車や荷馬車なら二十輌ほどが収容できる。
【魔物忌避】の術式が施された石柱が周囲を囲んでいるので、
安全性は極めて高い。
今回の騒動が伝わっているのか、夜営している者はいない。
俺達はそこに着地した。
伯爵を広場の真ん中に下ろして、光体を解いた。
全裸で石畳に寝かされているのに、ここでも目を覚ます様子がない。
泥酔なのか、鈍感なのか。
俺はアリスとハッピーに指示した。
『周囲を警戒してくれ』
『魔物を見つけたら討伐して良いのね』
『パー、パッパラパー』
俺は優しく水魔法を起動した。
ただの水の塊を、奴の頭上から浴びせた。
それで漸く奴が奴が目を覚ます気配、身動ぎした。
もう一発。
片目を開けた。
何やら口を開いた。
「ふにゃ・・・、なにごと・・・」
もう片方の目も開けて呟いた。
「だれか・・・、おらぬのか」
片手を上げて、何かを探る動き。
触れる物はない。
すると片手を下げて、両目を閉じた。
眠りの戻るかと思いきや、違った。
ビクッと身体を震わせ、身体を丸めた。
「寒い」
それはそうだろう。
水を浴びせたのだから。
奴が目を見開いて、ガバッと上半身を起こした。
「何事だ、雨か、濡れているぞ」
現状に気付いたようだ。
暗い中、左右を見回した。
そして怒鳴る。
「誰か居らぬか、誰か」
漸く星空に気付いた様子。
「ここはどこだ」
俺は声が届く位置に土魔法で椅子を造った。
肘掛タイプ。
それに腰を下ろして伯爵に声をかけた。
「君は自分の首に付いてる物が何か知っているか」
「誰だ」
奴は星明りを頼りに辺りを見回した。
見える筈がない。
俺は光学迷彩を解いていないのだから。
奴は周囲を警戒しながら首に手を添えた。
そして声にした。
「これは」
外そうとした。
ちょっとの隙間に強引に指先を捻じ込んだ。
力を込めた。
無理だと思うが、それで外せるのなら開放してあげようか。
「【奴隷の首輪】だよ。
力では外せないと思う。
どうしても外したいのなら、首を切り落とすのが一番手っ取り早い。
やってみたいのなら、僕が手伝ってあげようか。
切れ味の悪い鋸を持ってるんだ、ただで良いよ、どうだい」
伯爵が黙った。
首輪から手を放し、躍起になって俺を探す。
頼りになる灯りは星明りだけ。
きょろきょろ前後左右を見回し、挙句には上も見た。
やがて諦めたのか、力のない声。
「どこにいる」
俺は相手した。
「見える訳がないだろう。
俺はお前が殲滅した駐屯地の将兵の一人だ。
要するに亡霊だな」脅した。
途端、奴の表情が強張った。
ビクリ、ビクビク。
離れ様として座ったまま後退りした。
「まさか」
「そのまさかだよ」
図に乗ってみた。
サービスで奴の頭に水の塊を落してやった。
「ヒャー」
行き成りの事に、奴は驚いて転げ回るしかなかった。
石畳の上を子供が遊んでいるかの様に、ジタバタ、ゴロゴロ。
面白い。
俺はサービス精神を発揮した。
開店大サービス。
「俺だけじゃない。
同僚達も大勢いる」
風魔法を起動した。
狙いは奴、全裸伯爵。
四方八方から鎌鼬を叩きつけた。
奴の外皮に無数の浅い傷をつけて翻弄した。
辺りに響き渡る悲鳴。
「助けてくれー、許してくれー」
奴が俯せになった所で閉店した。
身動ぎ一つしない。
死んだ訳ではない。
鑑定によると、HPが半減していた。
水浴びと亡霊出現による心理的効果が大かも知れない。
ひ弱だな、全裸伯爵。
俺は奴に命じた。
「起きろ。
起きて俺を見ろ」
聞こえている筈なのに、奴は起きない。
気絶した振りして場から逃れようとしているのかも知れない。
だが、それは悪手。
所有者や使用者の命令に従わねば、
【奴隷の首輪】に施された術式が発動する。
首輪が少し絞まった。
「ウゲーー」
伯爵が潰されたカエルの様な声を上げた。
両手を首輪に伸ばした。
外そうとした。
人の手で外せる訳がない。
 




