(三河大湿原)6
俺達は口論の現場に駆け付けた。
他の大人達も遅れじと駆け付けて来た。
弓や槍を手にしている者達も見受けられた。
当事者の獣人は三白眼になって騎乗の二人を睨み付けていた。
切っ掛け一つで、今にも手にしている槍を繰り出しそう。
彼では冷静な説明はできない、とみた父は隣の相棒に尋ねた。
「どうした、何があった」
相棒が父の言葉に振り向いた。
助かった、と言うような顔をしていた。
「この方々が我々に野営地を明け渡して他に移動しろ、
と申しておられるのです」
途端、父の表情が歪む。
やおら二騎の方に視線を転じた。
ジッと観察して年嵩に見える方に尋ねた。
「私共に場所の移動を要求されているのですか」
言葉は丁寧だが、怒りが感じられた。
相手方もそう受け取ったのだろう。
不快そうな表情を露わにして言葉を返した。
「そう申しておる。
とっとと明け渡して、どこぞなりと移れ」
隣の若い方は遣り取りを見て、困ったな、と言うような表情をしていた。
でも何も言わない。
年嵩の方が上司なのだろう。
父は言葉だけは丁寧に続けた。
「そう申されても、困りましたな」
「我等も困っておる。
時間が惜しい。とっとと立ち去れ」言葉が荒くなってきた。
「まるで盗賊ですな」
「なに、なんだと。
言うに事欠いて盗賊だと。
武士の我等に対して盗賊と申すか。
これは聞き捨てならん」と父を睨みつけた。
思いの外、父は腹が据わっていた。
「これは失礼しました。
盗賊の方々に失礼でしたかな。
申すとすれば、貴方様はゴミ屑様ですな」
父の背後にいる面々が笑い声を上げた。
対照的に年嵩は怒り心頭。
夕陽が当たって、形相がまるで鬼に見えた。
我慢の限界だったのだろう。
腰に下げている長剣の柄に手をかけた。
それを見てこちら側も槍を持つ者は槍を構え、
弓を持つ者は矢を掴んだ。
年嵩の隣の若い方も状況の悪化に応じた。
覚悟を決めて腰の長剣の柄に手をかけた。
互いに睨み合う。
次の言葉を耳にするまで長く感じた。
「何をモタモタと何をしているのですか」
彼らの後ろから女の声。
金髪の女武者が徒歩で高台に上がって来た。
派手な色合いの衣服に、腰には長剣。
女武者は二騎の前に出て、双方を見渡した。
「空気が重いですね。
もしかすると談合は不調ですか」
まるで余所事の様に言う。
それに対して誰も応えない。
相手方から目も逸らさない。
目を離した瞬間に襲われる、と感じているのかも知れない。
女武者は誰からも相手にされないので、
「困りましたね」豊かな胸の前で腕を組んだ。
とても本当に困っているとは思えない。
事態が動かないままでいると、またもや女の声。
もう一人が上がって来た。
「エイミー、報告が遅いわよ」
金髪の女武者を押し退けて新たな金髪が姿を現した。
全身を白い衣服できめた少女だ。
寸鉄一つ帯びていない。
年の頃は俺より少し上か。
俺は彼女の顔を見て、思わず、デジャブ・・・。
穴があくほど見詰めてしまった。
・・・。
彼女は前世に離婚した女房に似ていた。
女房とは中学からの付き合いなので、よく覚えていた。
忘れようにも忘れられる筈がない。
瓜二つ、とはこのこと。
しばらく固まっていたらしい。
「どうした」カールに肩を叩かれて我に返った。
俺は全身の毛穴が開き、小刻みに震えていた。
「なんでもない」声も震えていた。
カールが含み笑い。
「恐いのか」
「寒いから」とっさに誤魔化した。
少女とエイミーは騎乗の若い方から説明を受けていた。
ふむふむと説明に頷いているのが見て取れた。
夕陽を浴びた少女は眩しいくらい美しい。
「名前、ジャニス織田。
種別、人間。
年齢、十一才。
性別、雌。
住所、足利国尾張地方領都住人。
職業、なし。
ランク、D。
HP、55。
MP、80。
スキル、火の魔法☆」鑑定スキル君が気を利かせてくれた。
織田家の娘。
父が仕えている伯爵家の娘なのだろうか。
連中の驕りぶりからすると確定だろう。
それにして魔法使いとは。
それも火魔法。
下手すると怒り一つで焼かれてしまうかも知れない。
前世の俺は協議離婚を迫られ、ある意味、焼き尽くされてしまった。
それを思い出した。