(大乱)66
執事が丁寧に言う。
「皆様、当家の招きに応じて頂き、誠にありがとうございます。
深く御礼申し上げます。
これよりほんの少しですが、皆様のお目と、お耳をお貸し下さい。
当家の主がご挨拶いたします」
言い終えた執事が階上を振り返った。
二階部分には、落ち着いた紺色に染め上げられた幕が張られていた。
当主の意向なのか、家風なのか、それは知らない。
その幕が、左右に引き開けられた。
中には主催者側の家族がいた。
玄関で顔を会わせた全員が揃っていた。
俺の耳元に執事・ダンカンが囁いた。
「公爵様や侯爵様が数家、ご当人様の姿がございます」
生憎、俺は区別がつかない。
公爵も侯爵も、伯爵も、子爵も男爵も、金銭で得られる爵位もだ。
誰が何爵やら。
しかし、先ごろ亡くなった国王の、実弟二人の公爵家は姿を消したが、
妹や叔父や叔母の公爵家は存続していた・・・のか。
夜会にのうのうと出席している場合か。
何とも・・・。
階上の伯爵が一歩前に進み出た。
会場全体をゆっくり見回した。
嬉しそうに口を開く。
「ようこそお出で下さいました。
私も家族も、深く、深く、感謝いたします」
伯爵が軽く頭を下げた。
それに合わせて後ろの家族も全員が頭を下げた。
んっ、会場にいるのは、多くが下位の貴族だ。
そんな有象無象に軽くとはいえ、頭を下げるのか。
・・・、二階の高い位置からだから、釣り合いが取れるのか。
んんんっ、分らん、貴族の常識は・・・。
心に留めておこう。
伯爵は軽妙な語り口で笑いを誘い、聴衆を魅了した。
俺は感心する傍ら、ダンカンからの事前の説明を思い出した。
この家の出自は商家であった。
それが金銭で爵位を買った。
下大夫爵。
次に上大夫爵。
その初代が一揆に巡り合わせた。
機を逃さなかった。
運が良かったと言えるかも知れない。
畿内での勃発を知るや、国都に押し寄せた難民を保護し、
テントや食料を与えた。
一揆平定の任にある国軍にも伝手のある貴族を通して物資を提供した。
これが功を奏した。
伝手のある貴族の後押しもあったのだろうが、爵位を授かった。
男爵。
今は五代目。
副業として分家に商いを行わせる家もあるが、この家は違う。
陞爵して伯爵になっても、商家の顔は捨てない。
屋敷の中に本店機能を持っていた。
伯爵が乾杯で挨拶を終えた。
途端、八人編成の室内楽団が本気の演奏を開始した。
世相を打ち消すかの様な、派手派手な曲が投入された。
子供コーナーへ移動しようとしていた俺は思わず足を止め、聞き入った。
畿内は今の所、平穏だが、東西へは反乱平定の軍が発せられていた。
敵味方双方の血が大量に流されていた。
曲は、それを忘れ去ったかの様な感がした。
この曲は伯爵の意図なのだろう。
その想いは・・・。
横合いから声をかけられた。
「佐藤子爵様」
振り向くと久しぶりの方がいた。
ジャニス織田だ。
先代の織田伯爵の側室の娘で、
レオン織田伯爵にとっては腹違いの妹になる。
彼女は魔法学園の紫色のロープを着用していた。
フードを外し、眩しい笑顔を俺にくれた。
「ダンタルニャン様で宜しくて」
俺は彼女の笑顔に魅了され、言葉を失っていた。
いかん、いかん、これは。
俺の二つ上だから十三才。
これでは俺、ロリコンではないか。
俺は辛うじて一言を口にした。
「ジャニス殿、ダンとお気軽に」
「そう、ではダン様」
「様ではなく、ダンで」
ジャニスが気難しそうな顔をした。
「昔ならダンでしたけど、今は子爵様でしょう。
それに対して私は伯爵家のただの家族、爵位など御座いません。
ですからダン様で」
彼女の後ろの守役・エイミーともう一人が頷いた。
エイミーとは顔見知りだが、もう一人は知らない。
見た感じ執事見習いか。
俺は強要するのは止めた。
「ではそれで。
時にジャニス殿、お兄様はお元気ですか」
鎌をかけてみた。
ジャニスは疑問のない表情で応じた。
「お兄様はお忙しそうです。
ゴーレムの材料が足りないとかで、
紀伊の方とか、丹後の方へ足を伸ばされています」
どうやら機密は守られているようだ。
俺は話を変えた。
「子供達は向こうみたいです。
一緒に参りませんか」
それから二日後、王宮から東の戦況が報じられた。
レオン織田伯爵率いるゴーレム部隊が、
三河を占拠していた反乱軍を撃退したと。
投入された軍事用ゴーレムの数や、共に発した兵力は知らされないが、
国都の民にとっては朗報だった。
その夜は繁華街の灯りが消えることはなかった。
翌日、俺の手元にカールからの手紙が届いた。
レオン織田伯爵軍についてだ。
軍事用ゴーレムは、レオンの性格か、きっちり百体。
使役する管理者百名。
その副官百名。
管理者と副官の護衛計六百名。
ゴーレムに従い戦線を構築する兵士計千名。
司令部隊と付隊、計千名。
これでもって三河に進撃したという。
呆れた。
ゴーレムの数もだが、生身の兵力もだ。
よくここまで送り込めたものだ。
レオン織田伯爵軍は短期間で三河を奪取すると、
休みも取らず遠江に進撃した。
今は反乱軍を撃退しながら真東に向かっているという。
駿河も目の前とか。
王宮から、国都に逼塞を余儀なくされていた三河、遠江、駿河、
それぞれの寄親伯爵に告示がなされた。
直ちに軍を起こし、寄親としての役目を果たす様にと。
こうなると手元の兵が少ないからとは言い逃れできない。
縁戚の貴族から兵を借りるか、
傭兵ギルドに声をかけるかしか選択肢がなかった。
だが、西の反乱が収まる気配がないので、兵集めには苦労した。
それで各寄親の周辺から不平不満が漏れ聞こえた。
「国軍を貸し出せ」
「冒険者で軍を編成しては駄目なのか」
「奴隷兵を許可しろ」等々。
当家にも兵借用の使いが来た。
「近い誼で兵を貸して下され」
「当家は魔物の間引きで手一杯です」そう断った。
 




