(大乱)62
確認の意味でも、最新の情報が必要だ。
手に入れるには・・・、俺は屋敷へは真っ直ぐ戻らず、
とある個所に立ち寄る事にした。
南区画の中央通りにある商人ギルド。
時刻柄か、来客が少ない。
手空きの受付嬢が俺に気付いた。
二度見すると受付カウンター脇のスイングドアから出て来た。
「子爵様、何かご用ですか」耳元に囁き、頭を下げた。
躾が行き届いている様だ。
これなら要望に応えてくれるだろう。
俺も彼女の耳元に囁き返した。
「越後の情報を買いたい」
受付嬢が商談室の一つに案内してくれた。
淹れられたお茶を飲みながら、待つこと暫し。
現れたのは顔馴染みの職員。
当家の領地・木曽、そこの開発担当者だ。
彼は書類を手にしていた。
「お久しぶりです」
「そうだね」
彼は俺に頭を下げ、対面のソファーに腰を下ろし、
書類をテーブルに置いた。
俺は彼に尋ねた。
「ルクス、木曽で忙しい筈だよね」
「はい、忙しいのですが、こちらとの打ち合わせもあり、
一時、戻っていました」
「それは」
彼が書類、二つを指し示した。
「一つはご注文の越後の最新情報を纏めた物です。
もう一つは木曽領の開拓地についてです」
木曽は大樹海の入り口にあり、治め難い土地と認識されていた。
しかし一方では、
討伐した魔物の部位の売買だけで成り立つ土地とも認識もされていた。
ところが、それだけで収支がプラスになれば気楽なのだが、
そうは問屋が下ろさない。
討伐するのは主に遠征して来た冒険者なので、彼等の懐にも入る。
差し引き、微妙なプラスでしかなかった。
そこで俺は考えた。
領内で自給自足できる体制を取れば、どうなるか。
領内で必要とされる物を出来得る限り領内で生産すれば、
マイナスを少なく出来る筈だ。
せこいけど、試してみる価値はある。
それを下地に領地を繁栄に導く。
方針を定めて商人ギルドに相談した。
俺はまず木曽開発の書類を手にした。
完成したもの。
滞っているもの。
修正されたもの。
新規の案件等々。
薄い書類に手短に記されていた。
俺が聞かされていない案件があった。
魔卵を魔水晶に加工する工房の誘致。
そこを指摘した。
ルクスが答えた。
「まず、カール様にご提案する予定です」
俺はお子様子爵だが、けっして蚊帳の外ではない。
代官・カールが承諾すれば俺の手元に届けられるのだ。
ただ、問題は、錬金術師が少ない。
母体となる人数が少ない上に引き手数多。
木曽に関心を持ってもらえるかどうか・・・。
となると、代わりは鍛冶師になる。
「錬金術師、それとも鍛冶師」
「どちらにも声を掛ける予定です」
「可能性は」
「自信は持っています。
魔物が溢れる大樹海ですからね。
産地で生産すれば費用が少なくて済みます。
子爵様、誘致に成功すれば領地が潤いますよ」
関わる商人ギルドも潤うとは口にしない。
俺は曖昧に頷いて書類を取り替えた。
越後の最新情報。
戦争紛争反乱一揆は商人にとっても死活問題である。
上手く立ち回れば莫大な利を得られる。
一歩でも間違えば破産、ないしは実際に死ぬ。
なので情報が彼等にとって頼みの綱。
俺は料金を尋ねた。
「これは高いのかい」
「当然です。
情報が商人の拠り所です。
特に今回の騒ぎは、文字通り、生死を分かちます。
正道を歩めば莫大な利を得、一歩誤れば破算。
そういう訳で収集と分析に力を入れております」
「分かった、言い値で買おう」
「毎度有難うございます。
請求書は木曽の案件との合算で宜しいですね」
「そうしてくれ。
ついでに、これもカールにも手渡してくれ」
俺は書類を読んだ。
一読して呆れた。
反乱を起こした関東代官所の軍が越後に攻め込んだ。
大将はウィル太田伯爵。
代官の実弟だ。
軍勢は武蔵、相模、下総、上野、信濃、
五つの地方軍で編成されていた。
兵力は少なく見積っても五万。
それが一斉に二つの国境より進撃した。
信濃口から、上野口から。
越後の寄親伯爵や駐屯している国軍指揮官は、
反乱軍が関東への出入口の防御陣構築に専念している事から、
越後側へ侵攻して来るとは予想していなかった。
どうやって、あの防御陣を壊すか、そちらに気を取られていた。
上が上なら、下も下。
要所に立哨を置き、巡回も定期的に行わせていたが、
誰もが油断していた。
そこを突かれた。
一気に二つの口が破られた。
信濃口より二万、
上野口より三万。
国境を守る越後地方領兵を撃破、駐屯している国軍も撃破、
瞬く間に越後地方の領都に押し寄せた。
これに越後地方領兵が頑強に抵抗した。
しかし、それは意外な終焉を迎えた。
肝心の領都内部から裏切り者が出たのだ。
スラムの悪党の類が反乱軍に呼応した。
守備陣を背後から襲った。
のみならず街中に火まで放った。
こうなると地方領兵は守備にかまけてはいられない。
地方領兵は寄子貴族の領兵で編成されたもの。
数は多いが、小さな軍勢が寄り集まったもの。
それが戦況を読み、各個に勝手な行動を始めた。
何も告げずに離脱を開始した。
本来の領地へ、領地へ。
越後地方を治める領都は反乱軍の手に落ちた。
伯爵や国軍指揮官は捕囚の身。
身分相応に扱われているので、差し迫った危険はないそうだ。
言葉のない俺にルクスの声。
「大丈夫ですか」
「心配かけたか、すまん、呆れただけだ。
上野のジェイソン宇都宮伯爵までも反乱に組していたとはね。
反乱が成功すると本気で思っているのかな」
ルクスが驚いたのか、俺の顔をジッと見た。
「子爵様は反乱は失敗すると」
「傍目には西で二つ、東で一つ、計三つの反乱が起こっている。
これは大変だ。
けどね、評定衆の軍が一つも動いていない」
聞いたルクスの表情が一変した。
和らいだ。
「子爵様もそこにお気付きでしたか」
「お主もか、するとギルドもだな」
「はい。
色々と考えてしまいます」
「気苦労が増えるか」
「先々を考えますと」
「禿げるぞ」注意した。




