(大乱)61
俺の傍にシェリル京極が歩み寄って来た。
囁かれた。
「あの二人、目的は達したみたいね」
「あの二人って」
いない事になっていた。
ここに存在しない事になっていた。
「アンタって時々、固くなるわね。
それじゃあ、もてないわよ」
「そういう性格なので」
背中に平手が飛んで来た。
バシーン、痛い。
筋肉系の貴族令嬢は手加減を知らない。
たぶん、俺にだけは。
「カトリーヌ明石少佐様は随分な出世ね。
門の出入記録にまで干渉できるのね」
「今回は事情が事情だからね」
「そうね、でも興味があるわね」
「僕は、出来れば関わりたくないな。
大人達の政争絡みだろう」
「ふんっ、本当は興味津々な癖に」
☆
王妃・ベティは書状を受け取ると二人を労った。
「ご苦労様、確かに受け取りました」
固まって、ぎこちない二人。
それを見てベティは優しく微笑む。
「貴女達はクラリス吉川侯爵の仕事を成し遂げたの。
誰にも見つからなかった、完璧よ。
だから、肩の力を抜いて楽になさい。
でないと、眉間の皺が取れなくなるわよ」
ハッとなり、二人は同時に眉間に手を当てた。
ベティは口元を手で隠すが、漏れる笑い声までは隠せない。
誤魔化す様に言う。
「貴女達の仕事はここまで、ここから先は大人の仕事。
後は私に任せなさい」
ベティは二人をカトリーヌ明石少佐に委ね、馬車に戻った。
馬車が王宮本館に着くと、侍従長が待ち構えていた。
亡き国王にも信頼されていた人物だ。
エスコートしながらベティに尋ねた。
「如何でした」
「まだ読んでいないけど、事情を聞いた所、何やら深刻ね」
「そうですか。
それでは執務室に参りますか」
ベティは侍従長や侍従達、女性騎士達を従えて奥へ進む。
亡き国王の執務室。
当番の近衛兵がドアを開けた。
もう一人が室内に声を掛けた。
「王妃様です」
国王が欠けただけで、秘書団は健在であった。
全員が王妃の入室に気付くが席は立たない。
目礼のみ。
自分達のデスクに積み上げられた書類との戦いで忙しいのだ。
それをベティも許していた。
ベティは窓際の国王の椅子は目指さない。
何時もの様にソファーに腰を下ろした。
背後に執事長が立つ。
メイドがテーブルにお茶を置く。
淹れたての緑茶。
程よい熱さ。
ベティの好みに合わせられていた。
お茶で一息入れて書状を開いた。
読み進むに連れ、眉間に皺が刻まれそうになって行く。
再読。
深い溜息をつき、書状を後ろの侍従長に手渡した。
「理解したら皆に回して。
これは情報を共有する必要があるわね」
読み終えた侍従長は、流石は年の功、表情だけは変えない。
でも足の進みは遅い。
重い荷物を背負ったかの様な歩み。
秘書団筆頭のデスクに書状を置いた。
「ポール、手を止めて読みなさい」
「承知しました」
言葉にポール細川子爵が応じた。
書類に栞を挟んで脇に置き、書状を開いた。
こちらも亡き国王の最側近と言われた男。
今は王妃の最側近だが、その質だけは変わらない。
読んでも無表情を貫く。
黙って隣席に書状を回した。
結局、読み終えた全員が手を止めた。
全員がベティに視線を向けた。
言葉を待つ姿勢。
代表してポールが尋ねた。
「で、如何します」
ベティは皆が読む間に対応は考えていた。
ソファーから立ち上がり全員を見回した。
「まずこれは公には出来ない、そうよね」
皆が頷くのを確認した。
「次に書状の通りだとしたら一大事。
公表するかどうかは別にして、まず事実かどうかを確かめる」
皆が頷いた。
「この手の事は専門家に任せるべきよね」
これにも皆は異を唱えない。
「まず評定衆は省くわね。
どこから漏れるか分からないものね。
それに、関与する疑いのある者が列席するし」
皆が大きく頷いた。
「内密に動ける部局があるのは近衛、それに国軍、
ないしは奉行所か大目付よね。
できれば関係者は少なくしたいの。
その辺りを考えて、適した部局を選んでくれない」
全て自分で差配するのではなく、その先は丸投げにした。
ベティと侍従長が見守る中、秘書団が幾つもの検討を重ねた。
そして一つに行き着いた。
アルバート中川中将。
所属は近衛軍。
亡き国王の酷使に耐え、当時は中佐だったが、
昇進に昇進を重ねて今や大将の一歩手前。
ベティも見知りの人物だ。
否はない。
「彼は調整局だったわよね」
宮廷の一つの部局。
近衛軍と国軍、宮廷の間に齟齬が起こらぬ様に、
文字通り調整する部局。
アルバート中川はそこの局長に出向していた。
侍従長が応じた。
「彼の者ならどこへ顔を出しても疑われません。
適任ではないかと思われます」
「そうよね。
でも手は足りるのかしら」
「ご心配は御無用です。
あの者には命令書と費用さえ与えれば、きちんと働きます」
「人手も任せて良いのね」
「はい。
彼の者は子爵家なので子飼いの者も抱えている筈です」
侍従長はアルバートに丸投げする気が満々だった。
☆
幼年学校の帰路、俺は思わぬ話を耳にした。
通りがかりの平民達が戦況を口にしていた。
東で大きく動いていた。
反乱を起こした関東代官所側の軍が越後に侵攻したと。
国境を越え、越後の地方兵を破り、伯爵の領都に迫っているそうだ。




