(三河大湿原)5
俺は馭者席で困惑していた。
脳内モニターで教えてくれなくても分かる。
ここは危険だ。
周囲は茶色の点滅で溢れかえっている。
大型の獣が多いのだ。
ところが父を含む大人達はここで野営する、と言う。
ワニがサイを襲っている現場では、より盛大に水飛沫が上がった。
近くにいたサイの仲間達が参戦を開始した。
一頭、二頭、三頭と、ワニに襲い掛かる。
それを横目に父が言う。
「サイは縄張りを侵さなければ襲って来ない。
ワニは水辺から離れて遠征することはない。
他の動物にしても同じだ。
習性は知っている。
心配いらない。大人を信用しろ」
遠くに、細長い紐のような物が姿を現した。
脳内モニターでズームアップ。
蛇だ。
「ミカワオロチです」鑑定スキルくん。
アナコンダとかニシキヘビの比ではない。
神話そのものが姿を現した。
素速い動きで川に飛び込み派手な水飛沫を上げた。
俺の視線に気付いた父が嬉しそうに言う。
「珍しいな。ミカワオロチだ。
数は少ないし、慎重な性格だ。
火さえ焚いて置けば寄ってこない」
「獣なの」魔物表示の黄色の点滅が皆無なので聞いてみた。
「ここに獣ばかりだ。
魔物はワニやオロチの餌にしかならん」
キャラバンは近くの高台を野営地に選んだ。
馬車ごと上がって、中央に馬と馬車を置き、
その外側にテントを設置して行く。
さらにその外周を囲むように篝火を設置すると、すぐに火を点けた。
遠くに同じ様に篝火を焚く連中がいた。
探知スキルの範囲を広げて調べた。
俺達以外に二グループがいた。
「素材取りに来たみたい連中だな。
ワニもサイも高く売れるからな」と父。
「あっ、だから街道が草ぼうぼうじゃないのか」
「そうだな。
月に四、五グループが来て、
そのキャラバンが行き帰りに踏み潰してくれる。
村にとっては感謝、感謝だな」
「でも、うちの村の旅籠には泊まらないし、立ち寄りもしないよね」
「うちは地図にも載っていない村だ。
立ち寄る以前に知らないのだろう」
「それだったら街道に看板でも置いたらどうなの。
うちの村は馬車の製造をしてるから、
製造修理の村、とでも書けばどうなの。
それにワニやサイを仕留めたら、肉も出るよね。
腐らないように保存するには塩が必要なんだから、
ついでに塩製造の村と入れてみたらどうなの」
俺の言葉に父は呆れたような顔をした。
笑いながら言う。
「はっはっははは。
ダン、お前は面白いな。
確かにその通りだ。
知ってもらうには看板を設置する必要があるな。
ついでに地図にも載せてもらおう。
ただし武士としてではなく、商売する村としてだ。
村に帰ったらそうしよう。
・・・。
話は変わるが、ダン、いいか。
ワニやサイは高額で取引されているが、
肝心の仕留めるのに時間がかかる。
冒険者にとっては経費を差し引くと、赤字覚悟の仕事になる。
と言うのはな、ワニは危険と察知すれば川に隠れて出て来ない。
サイは仲間が襲われれば群でドッと助けに来る。
それで手間暇がかかる。
・・・。
いいか、ダン。
割に合わないから冒険者で自腹で来る者はいない。
高額の依頼でも受ける者もいない。
赤字と分かっていて受ける者がいないのは常識だからな。
それで商人達は費用は自分達持ちでキャラバンを組むようになった。
冒険者達を日払いで雇いここに来るようになった。
どれほど費用がかかるのかは知らんが、
それでも商人達にとっては商売になるんだ。
冒険者達にとっては赤字でも、商人達にとっては黒字だ。
・・・。
ここからは頭に入れて置け。
お前は冒険者になると言うがけっして便利には使われるな。
相手の言い値を鵜呑みにするな。
自分を安売りした上に怪我でもしたら、つまらん。
死んじまったら、なおさらだ。
いいな、心しておけ」
父はいつになく饒舌だった。
最後は真剣な顔で俺をジッと見つめ、語っていた。
まるで遺言であるかのように語っていた。
全ての言葉が水のように俺の中に染み入って行く。
言外の心情が砂漠に降る雨のように俺を濡らす。
俺は深く頷き、父を見詰めた。
たぶん父と長く話すのは今回が最後かも知れないと予感した。
もっと言葉を聞きたかった。
それを邪魔でもするかのように、口論が聞こえて来た。
外周で警戒に当たっていた獣人の一人が怒鳴っていた。
「ふざけるんじゃない」日頃、穏やかな彼には似つかわしくなかった。
俺と父は振り返り、腰を上げた。
見慣れぬ軽武装の二騎が篝火の外にいた。
野営地の下には松明を掲げたキャラバンがいた。
五両の馬車を二十数騎が守っていた。




