(大乱)60
俺は七日後、ポール細川子爵殿の筋書を元に事を進めた。
その日、パティーとアシュリーが前回同様、当家を勉強目的で訪れた。
二人の従者達を控室に案内させると、パティーとアシュリーには、
先に来ていたパーティ仲間と合流してもらった。
キャロル、マーリン、モニカ、シェリル京極。
大人組のシンシア、ルース、シビル、ボニー。
俺は彼女等と当家の馬車二輌に分乗した。
行き先は当然、王宮。
内郭の南門では近衛軍のカトリーヌ明石少佐が待機していた。
少佐直々に受付を行った。
二輌のドアを開け放ち、車内を改め、深く頷いた。
「問題ないですね、それでは私が先導します」
門衛達は異論を唱えない。
カトリーヌは従者が牽いていた馬に颯爽と騎乗した。
先頭に立つ。
馬車が二輌。
後尾に女性騎士が四騎。
今回は王宮中央の庭園に案内された。
馬車道を奥へと進む。
車窓から様子が見えた。
人影は女性騎士ばかり。
他に人影はなし。
広々とした馬車寄せ。
先客が一輛。
王家の馬車だ。
他に馬車はない。
その隣に並べられた。
馬車から降りた。
正面の四阿から王女・イヴ様がトテトテと駆けて来た。
「ニャ~ン」
機嫌は良さそうだ。
俺は両膝を地につけて、両腕を広げた。
そこへ何時もの様にイヴ様が飛び込んで来た。
俺はイヴ様を向かい入れた。
「イヴ様、ご機嫌ですね」
「そうよ、あそびましょう」
イヴ様付きの侍女達が遅れて現れた。
俺に軽く会釈し、一人が代表して口を開いた。
「イヴ様が向こうに花壇を御造りになりました」
「花壇・・・、畝ではなくて花壇・・・」
「そうよ、つくったの」
侍女が補足した。
「花も咲きました」
「ひまわりよ」
イヴ様に手を引かれた先に花壇があった。
そこは芝生に覆われていた筈なんだが・・・。
その一角に向日葵の群生。
背の高い向日葵が大倫の花を咲かせて、いや、咲き誇っていた。
俺はイヴ様を素直に褒めた。
「イヴ様、凄いですね」
いけない行為だろうが、その小さな頭を撫でた。
誰も咎めない。
イヴ様が嬉しそうに俺に両手を伸ばした。
肩車をせがまれた。
断る選択肢はない。
イヴ様に土魔法が生えているのは確認済み。
それが大地魔法に進化する可能性もあり、そう見立てていた。
今、目の前の事態はそれを補強した。
向日葵が開花するのは夏。
どう考えても早い。
これは早生種なのか。
それともイヴ様の力なのか。
イヴ様が俺の頭を叩いた。
「ニャン、むこう」
指し示された場所に移動した。
木立の傍にも花壇らしきものが・・・。
イヴ様の催促で肩車から下ろした。
するとイヴ様が地に手をつけられた。
「やわらかくな~れ、やわらかくな~れ」
イヴ様の掌に魔力の波動。
それが土に染み込んで行く。
侍女達は慣れているのか、ボコボコと浮く芝生を見ても何も言わない。
こちらと木立の傍の花壇を繋げようと、俺のパーティが耕し始めた。
それを俺は黙って見守っているだけ。
何故なら、俺が手を出そうとするとイヴ様が怒るのだ。
「だめ、だめ、ニャンはだめ。
ここはおんなのこのかだん」なのだそうだ。
俺だけではない。
大人組も断られた。
シンシアにルース、シビルにボニー。
「だめ、だめ、おとなもだめなの。
ここはおんなのこのかだんなの」
大人は女の子じゃないと言われて複雑な表情の四人。
それを侍女達が慰めた。
「私達もですよ。
気にしたら負けです」
キャロルやマーリン、モニカは商家の娘。
シェリルとパティー、アシュリーは貴族の娘。
双方ともに畑を耕した経験はないだろう。
なのに、懸命にイヴ様の指示に従っていた。
花壇を繋げ広げて行く。
額に汗してるパティーとアシュリーにカトリーヌが近付いた。
何事か耳打ちした。
聞いた二人は頷いた。
イヴ様に一声かけ、カトリーヌの案内で四阿に向かう。
何時の間にか護衛が増えていた。
より厳重な警戒がなされていた。
となれば、原因は一人しかいない。
馬車寄せに王家の馬車がもう一輛、現れた。
前後に警護の女性騎士が十騎。
誰なのかは考えなくても分かる。
一人しかいない。
カトリーヌが四阿から馬車寄せへ歩み寄った。
馬車が止まると、ドアを開けて王妃・ベティ様をエスコートした。
二人無言で四阿に入って行く。
パティーとアシュリーは立ち上がるが、外では出迎えない。
中で起立し、静かに迎えた。
何事か王妃様に言われたのだろう。
二人の顔がパッと明るくなった。
俺は二人の目的は知っていた。
あの日の二人とポール細川子爵殿との会見を、
妖精・アリスとダンジョンスライム・ハッピーが盗み聞きし、
内容を教えてくれたのだ。
二人の願いは、一通の書状を王妃様の手元に密かに届けたい。
女児二人の背後にいるのは同じ毛利派閥のクラリス吉川侯爵、女侯爵。
彼女は評定衆に席を持つが、公式の場での発言を憚った。
口にするのも差し支える内容であったからだ。
それに、同じ派閥の人間も関与していた。
となれば派閥の長をも疑ってしまう。
クラリスは悩んだ。
派閥か、正義か。
彼女は王妃を敬愛していた。
どうするか、彼女は悩んだそうだ。
最終的に王妃様を選択した。
そして俺を思い出した。
王宮に簡単に出入りできるお子様子爵。
俺に接近するには・・・。
彼女が可愛がっている女児二人、二人は幼年学校の生徒だった。
遠目にだが、二人が王妃様に何かを申し述べ、何かを差し出した。
問題の書状に違いない。




