(大乱)59
幸い当家はポール細川子爵家とは一心同体の様なもの。
ただし血縁ではない。
切っ掛けはポール殿の弟・カール。
実家が冒険者・カールを文官として期間雇用した事が始まりであった。
当家を立ち上げるに際して、使用人が全く足りなかった。
執事からメイド、厨房員、厩舎員、庭師まで。
俺の手持ちは王家より与えられた屋敷と、実家の村から来た者達のみ。
早い話、貴族の屋敷で働いた経験者がいなかった。
それを補ってくれたのがポール殿。
細川家に仕える者の子弟や血縁者を寄越してくれた。
それで足りない所は派閥の者の子弟や血縁者で充足してくれた。
ポール殿には感謝してもしきれない。
ポール殿の身分は子爵、領地を持たない宮廷貴族。
貴族としては弱小でしかないが、置かれた立場が良かった。
亡き国王の最側近。
王妃・ベティ様とは遠縁。
当人の求心力もあるのだろうが、そんな彼の元に人が集まって来た。
また、頼って来た。
何時しかそれが派閥になった。
構成員の多くは宮廷の文武官であり、宮廷貴族でもあった。
そういう訳で今、宮廷で影響力を行使できる者の一人がポール殿。
ポール殿への面会申し込みは多い。
列をなす申請者の用件は多岐にわたった。
要請、依頼、仲介、調整等々。
貴族から、地方から、商人から、国軍から、近衛軍から、奉行所から。
果ては外国から、正に八面六臂。
俺は執事・ダンカンに指示した。
「これを大至急、ポール殿に。
当家の他の者達には内緒で届けてくれ」
パティー毛利との一件を仔細に記した手紙を渡した。
彼女は女児ではあるが、分別のある子だ。
身分は毛利侯爵家の分家の子、それも有力な分家筋の子だ。
そんな子が・・・。
たぶん、彼女の背後には大人がいる。
本家や親以外の誰かが。
彼女が最も信頼する誰かが。
状況を鑑みて、至急より大至急だろう。
ダンカンが手紙と俺を見比べた。
素直な感情を表にし、俺に尋ねた。
「ご返事をお待ちしますか」
「ブライアン殿に大至急と言付けて手渡すだけで良い」
ブライアンは細川子爵家の執事で、ダンカンの父親であった。
そういう伝手があるから、最優先でポール殿の手元に届けられる。
だからといって返事までは期待できない。
ところが返事はその日のうちに来た。
ブライアン自ら運んで来た。
暇が出来たので皆の様子を見に来た、来訪理由はそれだった。
俺は人払いした執務室に彼を招いた。
ソファーを勧めた。
ところが断られた。
「仕事ですので」
ブライアンが返書を差し出した。
それを読んで驚いた。
面会が了承された。
しかも日時が俺に委ねられた。
これは何かが起こっているに違いない。
俺の耳には毛利絡みの噂は何も届いていない。
でもポール殿はそれを知っている。
だから了承した。
「ねえ、ブライアン、何か知ってるかい」
「私は何も知りません」口が堅い。
俺は即行動した。
お子様子爵だが、前世の記憶持ち。
決断力だけはあるつもりだ。
双方のアポ取りに奔走した。
まず双方にとって都合の良い日時の調整。
日時が決まったら次は面会場所。
俺が学校でパティーと接触し、ダンカンがポール殿側と接触した。
結果、十日後に俺の屋敷で面会と相成った。
ポール殿が前日、密かに当家に泊まった。
「先方も慎重だ。
この屋敷ならと安心してくれるだろう」
彼が乗って来た馬車は紋章がない馬車。
信頼できる商家に都合させたと言う。
当家の者達はポール殿の顔を知っていた。
そこで誰の目にも触れぬ様に変装されて入られた。
俺が招待した魔法使いと称してフード付きのローブ姿。
隣室を提供した。
これを知っているのはダンカン以外には世話係のメイド長・バーバラ、
屋敷警備の小隊長・ウィリアム。
屋敷の者達を信用せぬ訳ではないが、
知る者は少なければ少ないほど良い。
当日、パティーの一行が来た。
学友としての当家訪問だ。
勿論、誰に見られても言い様にパティーの実家の馬車に乗って来た。
俺が玄関で出迎えると馬車からはパティーとアシュリー吉良、
二人の従者達が降り立った。
全員が緊張していた。
それだけパティー達の用件が重大なのだろう。
俺は両者の間を取り持つメッセンジャーなので、早い話、気が楽だ。
笑顔で彼等彼女等に言う。
「ようこそ当家へ、歓迎いたします」
苦笑しつつ、パティーが応じた。
「もうじき試験ですからね。
成績優秀な子爵様の教えを乞いに参りました」
表向きの理由付けは大切なのだ。
「まずはお茶ですが、このまま僕の部屋へ向かいましょう。
そこでお茶では如何でしょう」
「分かりました、その様に」
従者達はダンカンに任せ、俺は二人を自室に招いた。
子供の部屋だが、当主なので無駄に広い。
そこでは既にポール殿が待機して、お茶していた。
話し相手はメイド長・バーバラ。
俺達の入室に気付いて二人が立ち上がった。
ドアを閉じると、ポール殿が口を開かれた。
「ようこそ、お嬢様方」
女児二人は緊張しているのか、恐縮しているのか、応じる声が小さい。
「こちらこそ。
パティー毛利と申します」
「私はアシュリー吉良と申します」
双方を会わせると俺の仕事は終わり。
最後まで立ち会うつもりも何だ・・・、面倒臭い。
たぶん宮廷の政争だろう、それには関わりたくない。
「それでは僕は失礼しますね」
「佐藤子爵、ありがとう」
バーバラは残した。
立会人ではなく、お茶を淹れる世話係として、
気配を消して壁の蔦になってくれる筈だ。
俺は隣室で待機した。
階下の者達には一緒に勉強していると思わせてるので、
どこにも出歩けない。
暇、暇。
『ねえ、ニャン、面白そうだから聞いてこようか』
妖精・アリスが俺の右肩に乗った。
ダンジョンスライム・ハッピーが俺の頭に乗った。
『パー、聞こう、聞こう』
俺は断固拒否した。
『盗み聞きは駄目だよ』
魔力の波動。
即座に二人の気配が消えた。
あっ、転移可能なダンジョンコアの子コアが自室に設置されていた。




