(大乱)58
☆
俺は校門を潜った。
ここ、幼年学校は別世界。
世相から隔離されている訳ではないが、寮住まいの生徒が多いので、
平穏な空気が全体を支配していた。
かと言って、全員が染まっている訳ではない。
問題意識を持つ者も、極一部にはいた。
特に、自宅から通学している生徒だ。
大人世界に耳を傾けていた。
そんな一人が俺を待ち構えていた。
パティー毛利だ。
「おはよう、ダンタルニャン殿」読み難い笑顔。
後ろのアシュリー吉良の挨拶も聞こえた。
共に、クラスは違うが同学年だ。
当然、二人には従者も付いていた。
彼等彼女等は守る対象がクラスに入ると、併設の従者控棟に向かう。
朝の挨拶のやりとりは珍しい事ではないが、この二人とは・・・。
俺は疑問符を頭に付けながら、顔には表さず、応じた。
「おはよう、お二人さん」
付いていた従者達が表情を変えた。
気に食わないらしい。
だが、待って欲しい。
俺は二人のように構内にまで従者は付けていないが、身分は子爵様。
貴族の子弟である二人と違って、貴族様ご当人。
大人げないから口では言わないけど、ねっ。
それに気付いたのか、パティーが従者達に事情を手短に説明した。
納得させると俺を振り向いた。
「ちょっと時間があるかしら」
「今から」
「そうだけど、都合は良いかしら」
「遠慮はしないんだろう」
「そうよ、大事な相談だから。
でも立ち話ではなくて、ゆっくり話せる所で」
「食堂ではどうかな。
寮生の朝食は終わっている筈だから」
食堂に勇者が一人、二人、三人。
授業が間近いと言うのに、ゆっくり朝食を取っていた。
これでは授業に間に合わないだろう。
受ける相談の内容次第で俺達も、だが、
俺達は隅のテーブルに腰を下ろした。
二人の従者達は隣。
中の一人がお茶を取りに行く。
それを見送りながらパティーが口を開いた。
「貴男、王妃様とは親しかったわよね」
「親しいというより、子守扱いだけどね」
聞いた瞬間、パティーが声を出して笑った。
隣のアシュリーは口を押さえた。
でも隠せない。
肩が揺れ、声を漏らしていた。
パティーが表情を取り繕った。
俺に視線を合わせた。
「事情は聞いているわ。
それでね、ちょっとご相談があるの」
「相談・・・、怖いな」
「失礼ね・・・、まあ、許してあげるわ。
それでなんだけど、私も後宮に出入りしたいの。
何とかならないかしら」
なんてことを。
後宮は女の園だが、貴族の子女が気軽に入れる所ではない。
そこへの出入りだと・・・。
彼女は俺を過大評価していた。
俺はそこまでではないのに。
目の前のパティーは貴族のお子様でも、所詮は女児。
考えているようで、考えていない。
従者がこちらのテーブルにお茶を運んで来た。
それぞれの手元に置き、仲間のテーブルに戻った。
俺は礼を言った。
「ありがとう」
熱っ。
火傷しないように口にした。
俺の返答を待つパティーの圧・・・。
「理由を聞かせてくれる」
「申し訳ない、できれば聞かないで欲しいの」
「そうか、ふ~ん。
そちらの本家の力を借りれば僕よりも早いと思うけどな」
「本家は、ちょっとね」
本家を頼れない。
まあ、女児だから無理もないか。
何が彼女を駆り立てるのだろう。
俺は彼女の従者達に目を遣った。
ところが、誰もが目を逸らした。
彼等彼女等は当初、俺を認識していなかった。
ところが、今は違う。
俺を知った。
そして彼等彼女等はパティーの目的を、たぶん、知っている。
俺と目的を結び付け、彼等彼女等は一つの結論に達した。
だから視線を逸らした。
俺はアシュリーにも視線を転じた。
彼女も目を逸らした。
これは・・・、面倒事だ。
俺は推理した。
その行き着く先は一つ。
王妃様への直訴。
女児が何を直訴するというのか。
本家を憚っての直訴。
色々と面倒臭そう。
「僕が王妃様に許可を得るのは無理だ。
例え親しくても、話の持って行きようがない。
説きようがないから、困らせるだけだ」
パティーの表情が曇った。
そこで俺はある提案をした。
「僕ではなく、別の筋がある」
「聞かせて」
「ポール細川子爵だ、知ってるだろう。
彼を通したらどうかな」
パティーとアシュリーが顔を見合わせた。
渋々ながら頷き合う。
「会ってもらえるかしら」
「取り敢えず試してみないか」
「うちの親や本家に内緒で会えるかしら」
「段取りは僕に任せてくれる」
「ええと、・・・、任せます」
親や本家の目を恐れていた。
何がある・・・。
俺は賽を振るしかない。
「先方に相談し、日時を決める。
決まったら連絡する。
それで良いか」
パティーが頭を下げた。
「宜しくお願いしますね」
隣のアシュリーも頭を下げた。
それに倣ったのか、従者達も頭を下げた。
この一体感、何だ、何が有る。
俺は何に首を突っ込んだ。
泥沼、底なし沼。
たぶん、一歩だけだが、突っ込んだな。




