(大乱)57
トム上杉侯爵がジェイソン宇都宮伯爵に尋ねた。
「逮捕された者達はどうなっている」
「【奴隷の首輪】を付けられて尋問を受けているそうです」
「そうか、やはり当然そうなるか。
当家は彼の者達への情報は最小限に抑えていた。
だから情報流出の懸念はない。
各々方はどうだ」見回した。
情報流出を懸念し、事前に注意しておいた。
国都屋敷への指示命令に独立反乱臭は付けるな、簡潔手短にと。
トム上杉の視線に全員が重々しく頷いた。
信じるべきだろう。
疑いは何も生まない。
トム上杉は頷き返し、ジェイソン宇都宮に視線を戻した。
「待遇はどうなっている」
「【奴隷の首輪】を付けられているだけで、拷問はないと聞いています。
おそらく人質交換に備えているのではないでしょうか」
「拘束されている場所は」
「数カ所に分けらけています」
「それだと脱出させるのは無理だな」
「はい、手頃な頃合いに人質交換するのが最善かと」
「初戦でこちらも人質を捕るか」
トム上杉は改めてジェイソン宇都宮に命じた。
「ここらが限界だろう。
その方の国都屋敷の者達を直ちに脱出させよ。
初戦でこちらの戦力が露呈する前に、脱出を急がせた方が良い。
手配りは出来ているのだろう」
「はい、冒険者の護衛で西へ逃します。
一旦、西へ向かわせ、ほとぼりが覚めた頃、こちらへ戻すつもりです」
国都を発った関東遠征軍は北陸街道を文字通り、北上した。
道程は、若狭を抜け、越前、加賀、能登、越中を通過、越後へと至る。
その途次、地方の国軍、領軍、貴族軍を加え、膨らんでいく。
勿論、安穏とした行軍ではない。
敵勢力からの妨害を考慮し、備えていた。
地理に通じている国軍を先行させ、
殿には信頼できる細川一族の支族部隊を置いた。
膨れ上がる遠征軍を関東軍の間諜が探っていた。
途次の宿場町で、渡しの川で、峠路で。
旅人や土地の者、行商人に扮し、仔細に調べ上げ、報告書にし、
同じ報告書を複数の伝書鳩に持たせて空に放った。
しかし、それらが全て関東軍鳩舎に辿り着く訳ではない。
半数近くは天敵によって命を落した。
帰巣本能に駆られた一羽目の鳩が関東軍の鳩舎に辿り着いた。
鳩舎の世話係が鳩に魔水を与え、足首の筒に手を伸ばした。
薄い紙を抜き出した。
小さいが封がしてあった。
それを近くで見ていた兵士に手渡した。
「頼む」
それを受け取った兵士は駆けた。
上司がいる兵舎を目指した。
その上司から、さらに上の上司、上司へと手渡された。
報告書は封がされたまま関東軍司令所に運ばれた。
参謀部で封が剥がされ、担当官が暗号を平文にした。
ようやく報告書が日の目を見た。
若狭からの報告書だ。
新たな兵力が詳細に記されていた。
日を置いて、地方の境を越える度に報告書が舞い込んで来た。
予想よりも貴族の集まりが良い。
これでは途中で確実に五万は超える。
十万に近付く勢いだ。
関東代官所の指揮所で参謀長が報告書を元にした見解を述べた。
それを聞いて皆が渋い顔をした。
「これはポール細川子爵の手配りによるものでしょう。
しかし、まさかここまでとは、侮っていました」
ウィル太田伯爵の第一声。
トム上杉の実弟であるので、発言の意味合いは重い。
信濃地方の寄親・テリー小笠原伯爵が参謀長に尋ねた。
「遠征軍はどの口から攻めて来る。
信濃口か、上野口か、どちらだ」
「まだ不明です。
膨れ上がる兵力次第ですね。
某でしたら、考えられるのは二つ。
一つは一方からジワジワと浸透し、長期戦でこちらを締め上げ、
降参するのを促す。
もう一つは双方から攻め入り、短期戦で武蔵まで攻め寄せ、
総大将を生け捕りにする」
「そうなるか。
で、その方ならどうする」
「はい、某でしたら長期戦ですね。
西の状況を考えると、ここで大きな被害は出せません」
関東軍司令官・アンドリュー熊谷伯爵が口を開いた。
「王妃軍は西もあるか、弱点だな」
参謀長を加えた面々が意見を述べた。
地の利は当方にあり、ジワジワ引き込んで討つ。
密かに飛騨を経由して、敵を後方から奇襲する。
北海道代官所と東北代官所を味方に誘い込み、牽制する。
等々・・・。
全てを聞き終えたトム上杉が断を下した。
「こちらから越後に出る。
全軍で越後を平らげ、遠征軍を待つ」予定にない戦術。
参謀長が機嫌の良い顔をした。
「我等は越後との境に固い防御陣を構築済みです。
敵味方、誰もが我等は防御に徹すると考えているでしょう。
それを覆す。
良いお考えかと思います」
ウィル太田伯爵が同意した。
「結構です、大いに結構。
流石は兄貴、腹黒い。
それでは某が総大将を務めましょう」
「私が総大将だろう」
「兄貴は最前線には赴かせません。
弟の私が代わります、各々方、宜しいですね」
参謀長が即座に了承した。
「初戦で総大将が討たれでもしたら、目も当てられません」
「手柄は我等に譲るべきです」ウィル太田が生真面目な顔。
トム上杉はアンセル千葉伯爵に尋ねた。
「アンセル殿、東北代官所と北海道代官所が関東の味方に付いた、
そう北陸街道に噂を流してくれと頼んでおいたが」
「今頃は流れている筈です。
あの者達は金で簡単に転びますからな」
「遠征軍の中には」
「従軍慰安婦に手の者を入れています。
その者達の口から」
トム上杉は満足そうに頷き、イドリス北条伯爵に視線を転じた。
「イドリス殿、例の手筈はどうかな」
「感触は宜しいかと」
「あれは金に不自由していたな」
「はい、ただ、あれは優柔不断でして。
所詮、お坊ちゃまですからな。
もう少し条件を詰めてみましょう」
「であれば、金を上積みするか」
「あれには勿体ないですな。
そこまでの男ではありません」
「時間が惜しい、金で済ませよう」
「・・・、分かりました。
手の者を走らせます」
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