(大乱)56
☆
関東、武蔵地方の江戸。
ここに関東代官所が置かれていた。
同じ武蔵地方の領都は河越にあるが、江戸のみは管轄から外され、
関東代官に治められていた。
その代官所がこのところ大いに賑わっていた。
理由は総じて一つに行き着く。
中央への反乱。
国都が政の中心地である。
同時に文化を担う中心地でもある。
それらは国都から畿内を通じ、各地に拡散して行く。
ただ時間差が生じる。
それが格差となり、差別を生む。
その為、末端である遠方の地は別称で呼ばれる様になった。
鄙、と。
鄙と呼ばれた地方は国都への反感から自然、勤倹尚武を尊ぶ。
西の反乱も、関東の反乱も、その底流には反感があるのだが、
そこは口にはしない。
嫉妬でしかないから、勤倹尚武と意訳する。
栄華に酔い堕落した国都畿内、対して勤倹尚武の鄙の地。
反乱に加わる人々が日増しに多くなって行く。
手続きは地元でも出来るのだが何故か、
人々は関東代官所の窓口に向かう傾向にあった。
たぶん、代官職を世襲する上杉侯爵家に流れる血のせいだろう。
世襲代官家は断続的に王子を婿養子として受け入れるので、
貴族としての格付けは公爵家並みであった。
鄙の人々は口では中央への不平不満を吐きながら王家の血を尊ぶ。
相反するのだが、誰もそこへ至らない。
トム上杉侯爵は執務室の窓から外を見下ろしていた。
軍の窓口に列なす入隊志願者の群れ。
反乱への反響が予想外過ぎた。
首謀者その人ではあるが、ある種、呆れた。
執事が歩み寄って来た。
「旦那様、皆様方がお揃いです」
代官所の中で一番広いフロアを代官指揮所にしていた。
ここに全ての情報が集まり、分析した後に、各地の指揮官に報ずる。
トム上杉が最も力を入れているのが、これ。
情報の収集・精査・分析、後に現場に丸投げ。
たぶん、指揮官達が上手く活かしてくれるだろう。
武の玄人を信じるしかない。
文武官が大勢、忙しそうに立ち働いていた。
お茶を入れ替えるメイド達もそう。
足早にワゴンを押して行く。
皆、仕事中なので顔を出した代官には軽く会釈する程度。
トム上杉は奥まった一角に足を向けた。
パネルで仕切られ、話し声が漏れないように術式が施されていた。
反乱の首謀者全員が顔を揃えていた。
実弟で武蔵地方の寄親・ウィル太田伯爵。
相模地方の寄親・イドリス北条伯爵。
下総地方の寄親・アンセル千葉伯爵。
上野地方の寄親・ジェイソン宇都宮伯爵。
信濃地方の寄親・テリー小笠原伯爵。
関東軍司令官・アンドリュー熊谷伯爵。
六人はお茶を置いて立ち上がった。
トム上杉は腰を下ろし、ジェイソン宇都宮に声をかけた。
「聞かせて頂こうか」
ジェイソン宇都宮以外の五人が腰を下ろした。
控えていたメイドがトム上杉にお茶を差し出した。
珈琲。
鼻を擽る薫りを楽しんだ。
「新しい種か」
「はい、遠路、商人が持参しました。
試しましたところ、お館様の好みに近いと思い、購入いたしました」
トムは軽く一口。
かつて味わった事を思い出した。
あれは・・・。
「どこの商人だ」
「西方だそうです。
大隅とか申しておりました」
思い出した。
国都の島津伯爵家の屋敷で試飲した。
遥か西国、砂漠を越えた先から輸入した・・・とか。
手に入れ難い逸品だ。
「その商人はどこに泊っているのか分かるか」
メイドに代わって執事が答えた。
「はい、承知しております。
如何いたします」
「たぶんだが、島津伯爵家の間者だな」
皆が一斉にざわめいた。
予期せぬ名が出て来た。
亡き国王の実弟を擁して反乱を起こしている島津伯爵家。
驚いて当然だろう。
執事が尋ねた。
「捕らえますか」
「捨て置け、何の懸念もない。
こちらの状況を知りたいだけだろう。
それよりだ、ジェイソン殿、済まんが話してくれるか」
国都のスラムにて逮捕されたのは伯爵家五家、侯爵家一家。
その中にジェイソン宇都宮伯爵家はなかった。
最悪を想定し、当初から外しておいたのだ。
それが役に立った。
疑われてはいるだろうが、反乱の一味としては名指しされなかった。
お陰で宇都宮家を通じて国都の状況が手に取るように分かった。
ジェイソン伯爵が口を開いた。
「総大将にはヒュー細川侯爵が任じられました。
王妃の見送りを受けて、既に国都を発っております」
トムは皆を見回した。
「誰か、ヒュー細川を知っておるか」
皆が首を横にした。
ジェイソンが続けた。
「士官学校を卒業したばかりで、今は宮廷で見習いをしております」
アンドリュー熊谷伯爵が呆れたように言う。
「ひよっこが総大将か。
我等を馬鹿にしているのか」
テリー小笠原伯爵が同意した。
「如何にも、如何にも。
軽く捻ってやりますかな」
イドリス北条伯爵が誰にともなく尋ねた。
「支流のポール細川子爵が侯爵家の後見役的な存在だが、
なんとも摩訶不思議な人事だ。
本家のお坊ちゃまを某達に殺させたいのか、その辺りが分からん」
ジェイソン宇都宮が応ずるように続けた。
「国軍と近衛軍から参謀が出向しております。
たぶん、細川侯爵はお神輿で、
両軍の合意で遠征軍が動くのではないか、そう都民は噂しております」
トム上杉は納得した。
「うろ覚えだが、王妃も細川侯爵家とは縁続きであった筈だ。
そうなるとお神輿説が正しいのだろうな。
次に気になるのは兵力だ。
その点はどうなってる」
「国都を出た時点で侯爵家軍二千、国軍千、近衛軍千、計四千。
これに通過する地方から貴族軍が加わる予定です」
「伯爵の予想は」
「ポール細川子爵や王妃の本気度次第ですが、
五万は間違いなく超えるでしょう。
それでも十万はないかと」
トムはアンドリュー熊谷伯爵に尋ねた。
「東北代官所や北海道代官所の様子は」
「今のところ懸念すべき動きはありません。
当初は静観するのではないかと思います」




