(大乱)54
俺は屋敷の自室で本を読んでいた。
そろそろ就寝する時間なので、閉じようとして、手を止めた。
囁き、勘働き。
直ちに鑑定と探知を起動した。
周りを幾人もの魔波が飛び交っていた。
大都会だけの事はある。
でも、これではない。
範囲を広げた。
見つけた。
遠いが国都に急接近して来る魔波、これだ。
馴染んだ魔波、アリスとハッピーだ。
時期的には、木曽での依頼を終えた、そう言うことなんだろう。
本を置いて、部屋の窓を開けた。
擬態コールビーを高々度で収納したアリスとハッピーが、
夜陰に乗じて軽やかに降下して来た。
『ただいま』
『パー、帰った』
『お帰り。
それで依頼は・・・』
レオン織田伯爵家が行う三河への移動の援護を依頼していた。
『完了よ。
邪魔する魔物や獣は蹴散らしてあげたわ』
『ピー、沢山いた。
蹴散らしたプー』
俺は詳しく聞きたかった。
『それで織田伯爵家は今どうしてる』
二人は顔を見合わせた。
見合わせ、口を閉じ、揃って俺から目を逸らした。
俺が悪かった。
そもそも二人に詳細な説明を求める事が無駄なのだ。
数日して木曽から報告が届いた。
代官・カールからだ。
織田家の三河への移動は、支障は出たものの、完了したと。
支障の内容が綴られていた。
三河大湿原からミカワオロチが遠出して来た。
余りの凶暴さに伯爵自身までが危うくなった。
ところがそこへ第三者とも言うべき、新たな魔物が現れた。
大きなコールビーが二体。
それが参戦、いとも簡単にミカワオロチを倒した。
瞬殺。
さらに目の前で大きなミカワオロチを亜空間収納に取り込んだ。
はあー。
人目に付くなと注意はしておいた。
なのに・・・。
アリス、ハッピー・・・。
お前達は事前に排除できなかったのか。
一行への接近を許すとは・・・。
罰金ものだ。
この経緯から織田家は移動の間の安全性を考慮し、
尾張からは軍事用ゴーレムのみを搬送し、
土木工事用ゴーレムは三河で現地製造する事にしたそうだ。
結果、今の織田家の三河での戦力は軍事用ゴーレム二十五体。
急遽、現地製造に切り替えられた土木工事用ゴーレム十四体。
ゴーレムを使役する管理者三十九名。
彼等の副官も三十九名。
管理者と副官を警護する兵は、それぞれ六名、計二百三十五名。
ゴーレムに従って戦線を構築する兵士は、それぞれ十名、
計三百九十名。
時間に余裕があるので、まだまだ増えると結ばれていた。
追伸、PSがあった。
大きなコールビーが何度も目撃されていた。
それも二体。
尾張の一行が危機に陥るや、どこからか現れて魔物や獣を瞬殺し、
収納していくそうだ。
この一連の行動からカールは、コールビーが尾張の一行を囮にしている、
そう断言した。
はあー。
あれだけ事前に説明したのに・・・。
悪目立ちし過ぎだ。
アリスよ、ハッピーよ。
国都で公告がなされた。
「先に奉行所が、国都を焼き討ちしようとしていた者達を逮捕した。
逮捕者は侯爵家一家、伯爵家五家の家臣従者であった。
奉行所の捜査で、六家の当主が共謀して関東の独立を企て、
その一環として国都焼き討ちを命じていたと分かった。
にも関わず、王宮は寛大にも弁明の機会を与えた。
期間は三か月。
その三か月が、このほど過ぎた。
全土に公告する。
六家とその関係者を討伐する」
同時に、国軍が国都にある六家の屋敷に踏み込んだ。
奉行所も関係先十数か所に踏み込んだ。
家臣従者のみならず末端の使用人までも逮捕拘束し、
大量の書類を押さえた。
外の騒ぎは教室にも届いた。
担任・テリーが教えてくれたからだ。
「そういう訳だが、君達が授業を終える頃には収まっている筈だ。
だが、用心の為、帰宅する者は表通りを歩くように。
寮住まいは不必要な外出は控えてくれ。
分かったな、守ってくれ」
授業が終わった。
仲間と一緒に教室を出た。
門まで行くと、何時もの様に執事・ダンカンだけでなく、
傍らにはウィリアムもいた。
屋敷の警備を担当している小隊の小隊長だ。
「子爵様、お仲間の方々も送ります」
冒険者パーティ・プリンプリンのメンバーだ。
キャロル、マーリン、モニカ。
何れも女児で商家の者達。
「悪いですわ」
キャロルが遠慮した。
でもウィリアムは決定事項だと告げた。
屋敷に彼女達もよく出入りしているので、互いに遠慮がない。
「そうして貰いましょう」マーリン。
「だよね」モニカ。
「分かりました、お願いします小隊長」キャロル。
街中のザワザワ感は拭えないが、妙に安定していた。
ウィリアムが説明した。
「国軍が街中の巡回を増やしているからですね」
マーリンが尋ねた。
「人数的に余裕があるのですか」
西の反乱軍への対処に加え、今回の件。
人員的にはきつい筈だ。
「たぶん、大丈夫なんでしょう。
それに、自警団と称する輩も出没しています。
それが良いのか、悪いのか、判然としませんが・・・」
遠目に外郭の門が見えて来た。
大きく広げられていた。
出入りする者達は、何事も起きていないかのように整然としていた。
モニカが足を止めてウィリアムに尋ねた。
「門を閉じなくて良いのですか。
反乱軍の関係者が逃げませんか」
「閉じると反乱軍の脅威に屈したようにも見えます。
それを恐れて開けているのでしょう」
執事・ダンカンが言う。
「何があっても人や商品は入れる。
怖いのは反乱軍ではなく、平民の士気低下ですからね」
 




