(大乱)52
レオン織田伯爵は特攻して来る一人と一羽、その猛々しい気配、
そして魔力に驚いた。
合わせるとMPは150近いのではなかろうか。
詮無いが、ランクに換算するとB。
それがミカワオロチを背後から襲う。
ミカワオロチに魔力はない。
故に魔力を感知する能力はない。
ところがだ、この種は凶暴な獣が共生する三河大湿原に君臨する輩。
野生の勘を持たぬ訳がない。
その鋭さが発揮された。
土壁の内側に向けていた視線を転じた。
擡げた鎌首を左に大きく回頭し、背後を振り返った。
チョンボの背中に乗っていたイライザは失敗を悟った。
ミカワオロチの視線が痛い、いや、怖い、恐怖。
それより先にチョンボが動いた。
生来の臆病者なので、自然に回避行動に転じた。
右斜め上に逃れようとした。
それをミカワオロチが追って来た。
尻尾を支えに、思い切り胴体を伸ばした。
口を大きく開けて一人と一羽を捕獲しようと計った。
バタバタと必死な羽根音。
チョロチョロと赤い二股の長い舌。
レオンは閃いた。
素早く土壁の上に駆け上がった。
状況を把握した。
思い描いていた通りだ。
上空へ逃れようとする一人と一羽。
それを追うミカワオロチ。
レオンは得意の土魔法を起動した。
ゴーレム造り以前は領地の土壌の改良に用いていたので、
迷いは一切ない。
今回は真逆の改悪。
ミカワオロチが足場にしている所を狙った。
沼地。
長い二股の赤い舌が届こうとしていた。
一人と一羽を絡め取り、口内に・・・。
そこで異変。
ミカワオロチは尻尾で上部を支えていたが、その地面が無くなったのだ。
ヌルリとした感触。
同時に落ちる様に沈む。
レオンは残りの魔力で、沼地に沈むミカワオロチを生きたまま、
土もろとも固めようとした。
沼地の面積が広いが、無理ではない筈だ。
脱水、地固め、整地。
ミカワオロチが我に返り、対処する前に・・・。
早さが勝負の分かれ目。
これが俺の全力だ。
決める。
バランスを崩したミカワオロチは沼地にドッと崩れ落ちた。
ドボッ、ズルズル、バッチャン。
全身が泥塗れ。
それでも戦意は衰えていない。
沼の底を感じ取ると、そこを足場に蜷局を巻き、鎌首を擡げた。
沼面から戦況を読み取った。
上空に一人と一羽。
大きく転回し、こちらに戻って来る。
土壁には術師。
こちらを睨み付けている。
ミカワオロチは沼地の変化を感じ取った。
ここでも野生の勘。
沼地から逃れようとした。
レオンは全身に怠さを感じた。
これは・・・、魔力切れ。
膝から崩れ、その場に膝を付いた。
その眼前に何かが差し出された。
サイラス羽柴男爵の声。
「お館様、MP回復ポーションです」
ガラス瓶。
中の液体は紫色。
これは不味い奴だ。
しかし、効果は絶大。
躊躇わずに手に取った。
一気飲み。
イライザとチョンボが再び急降下、特攻に転じた。
対するミカワオロチは沼地からの脱出が優先。
甘んじて攻撃を受けた。
頭頂部にチョンボの鋭い爪。
食い込ませ、外皮を掴み、着地。
イライザが長柄の斧を真上から振り下ろした。
目にまでは届かないが、額に一撃、二撃、三撃。
風魔法を補助として、些少ではあるが傷を付けた。
傷付きながらも脱出を優先するミカワオロチ。
クネクネと身体を動かし、鎌首を沼地の外に出した。
ズルリズルリ。
胴体を引き摺り、乾いた岸辺に乗り上げた。
尻尾を鞭の如く、大きく振り回し、固まろうとする土を断ち割った。
沼地から脱出したミカワオロチは泥を払い除ける様に、
全身を激しく前後左右に振った。
泥と共に振り払われるイライザとチョンボ。
大きく左に飛ばされた。
落鳥したイライザ。
大きな悲鳴。
「キャー」
同時に長柄の斧を失う。
チョンボが慌てて追う。
全力飛行。
辛うじて地上スレスレで追い付く。
両の羽根で救い上げ、上空へ逃れた。
レオンは魔力が完全に回復したものの、サイラスに止められた。
「お館様、あれは無理です。
一時、撤退しましょう」
上空を見ると、あちらも攻めあぐねていた。
ミカワオロチを挑発するかのように周回するのみ。
と、ミカワオロチの動きが止まった。
ジッとして動かない。
何かを警戒しているのか。
それから、ゆっくり右方向に回頭した。
視線が一点に集中した。
レオンはその方向に視覚を強化した。
小さな何かがいた。
数は二つ。
それは空中でホバリングしていた。
同じく視覚強化していたサイラスが言う。
「お館様、あれは魔物のコールビーですな。
ちょっと大き目ですが」
「ああ、コールビーだな。
大きいが、ここは木曽の大樹海、居ても不思議じゃないだろう」
チョンボがイライザに念話。
『大きいね、イライザ』
『よく見る奴よりも大きいわね。
でも綺麗な羽根よね』
『変に綺麗だよね。
あんな綺麗な羽根のコールビーは見た事がないわ』




