(大乱)50
翌早朝、レオンの一行は中継地を発った。
見送りのイライザが言うには、ここからは陰共が別の者達に変わるそうだ。
その者達が三河の拠点となる砦も預かっているとも。
傭兵団『赤鬼』。
流石は名が売れている傭兵団。
冒険者クランの連中もそうだったが、完璧に気配は消さない。
それとなく存在を知らしめ、同士討ちせぬように計っていた。
それは獣や魔物に対しても有効な策なのだろう。
知性のありそうな物達は迂回して行く。
「これはこれで退屈だな」
レオン織田伯爵が愚痴をこぼすとサイラス羽柴男爵が窘めた。
「無事だから良いではございませんか」
「そう言うがな、退屈なのは事実だ」
「そう仰られても困ります。
襲う襲わない、それは相手の都合なのですから」
「木曽の大樹海にはパルスザウルスがいると聞いた。
是非ともお目にかかりたいものだな」
「某は御免被ります」
近くで耳にした者が笑いを漏らした。
暫くは何事もなく進めた。
途中で休憩を二度ほど。
三回目の休憩を、っと。
少し離れた右方で不気味な物音がした。
ズリズリズリ、ズリズリズリ・・・。
何かが地を這いずり回る物音・・・。
何本かの木々が擦れる物音、折れる物音・・・。
大きな何かが、こちらに向かって来ていた。
見慣れぬ服装の男達が木々の間から駆けて来た。
完全武装の五名。
後方を気にかけている様子。
いや、警戒、怖がって・・・。
こちらの斥候五名と接触した。
斥候の一名からハンドサイン。
味方。
陰共の傭兵団なのだろう。
直ちに合同で、九名で迎撃態勢に入った。
一名がレオンの方に駆けて来た。
報告した。
「傭兵団の者達です。
彼等によると、ミカワオロチが現れたそうです。
進行方向はこちら、直に接敵します。
迎撃しますか、急ぎ回避しますか」
ミカワオロチ。
三河大湿原の主とも言われる奴だ。
成体ともなると10メートルほど。
運が悪ければそれを超える個体に遭遇することも。
レオンは知らせに喜んだ。
普段は三河大湿原の中心部辺りにいる奴だ。
それが木曽の大樹海との境目、ここに出現したと言う。
「ミカワオロチ、何体だ」
「一体だそうです」
「迎撃する」即決。
サイラスが気色ばんだ。
「一体で十分に脅威です。
さっさと回避しましょう」
レオンが不思議そうに見返した。
「本気か、本気なのかサイラス。
相手はミカワオロチだ。
滅多に遭えない奴だ。
ゴーレムを試してみたくないのか」
「何を仰るのですか。
女子に会うのとは違うのですよ。
ミカワオロチですよ。
うちの子達は土木工事用ゴーレム。
それにミカワオロチと戦えと申されるのですか」
肝心のミカワオロチの速度が上がった。
這いずる音や、圧し折る音からそれと分かった。
どうやら、こちらを獲物と認識したらしい。
話し合う余地はない。
レオンが断を下した。
ゴーレムを使役する管理者五名に命じた。
「全力でミカワオロチを捕獲せよ。
しかし、無理と判断したら討伐に移行する。
人命が第一だ。
指示する声が届く範囲で対応しろ」
ミカワオロチも捕獲したいが、ゴーレムを使役できる人材も貴重。
迎撃を選択したものの、人命第一の余地は残した。
こうなるとサイラスも否とは言わない。
レオンの側仕えとして指示を飛ばし、的確に迎撃陣形を整えて行く。
傭兵団のもう一つの陰共五名が左方から姿を現した。
「陰共の傭兵団の者です。
我らの手も必要でしょう」
そう言うと返事も聞かずに一翼を担った。
サイラスが視線を向けた。
「おう、助かる。
万一の際は逃げる。
その時は遠慮なく退いてくれ」
前方の鬱蒼とした藪が激しく大きく揺れ、左右に割れた。
ミカワオロチの頭部がその上に現れた。
人の身体よりも大きな鎌首を擡げ、こちらを睥睨した。
両の眼で睨み、二股に分かれた長い舌をチョロチョロ・・・。
とっ、その頭部が動いた。
美味しいと視認し、食欲に負けたのだろう。
どっと、飛ぶように頭部を投げ出して来た。
胴体が付き従い、遅れた尻尾が宙に舞う。
斥候と傭兵の第一列を頭部の着地で圧し潰そうとしているのは明白。
レオンは急ぎ、土魔法を起動した。
全力の土盾・アースシールド。
それでもって第一列全体を覆うトーチカを造った。
ミカワオロチはそれを無造作に圧し潰そうとした。
上から顎を叩き下ろした。
ドーン。
一撃では壊れない、
そこは執拗というか、浅はかというか、ミカワオロチは鎌首を持ち上げ、
二度三度と繰り返した。
トーチカに助けられた者達は後方の窓に気付いた。
人が余裕で抜けられる大きさ。
急いで脱出し、レオン達に合流した。
何度目かは知らぬが、ミカワオロチが叩き下ろしで、
トーチカを粉々に壊した。
ドドドッーン。
土埃が辺りに舞い散った。
ミカワオロチも苦労したのだろう。
顎の辺りが赤い。
それでも動きは止まらない。
流れる様な胴体捌き、ジャバラン、ジャバラン、スッと前進して来た。
再び鎌首を持ち上げ、レオン達を睥睨した。
両の目が勝利を確信していた。
レオンは髪についた土埃を払い、口を開いた。
「全力で抗う。
ここを奴の墓場にしてやるぞ」
全員が鬨の声を上げた。
誰一人、尻込みする者はいない。
矢が射られ、槍が投じられ、攻撃魔法が飛ばされた。
その間にレオンは最前列にアースシールドで壁を築いた。
厚く、高い壁。
ミカワオロチの前進を阻む壁だ。
その壁を迂回してゴーレム五体が出陣した。
土木工事用なので武器はない。
完全に体力勝負。




