(大乱)49
レオンが案内されたのは三階。
階段を上がるだけで頑丈な造りだと実感した。
足下がしっかりしていた。
まるで石階段。
家族向けだとの指示がなされているのだろう。
サイラスが口にした。
「開拓民には贅沢な造りですな」
ピーターが応じた。
「周りは魔物や獣で一杯なんです。
居住する宿舎では、大いに寛いでもらわないと身心が持ちません」
「優しい心遣いだな、子爵様は」
「漏れ聞くところによれば、伯爵様も平民には優しいとか」
「ほう、そういう噂があるのか」
「冒険者仲間から、そう聞いています」
レオンは窓を開けた。
予期していたが、景色は無愛想な外壁と鬱蒼とした大樹海のみ。
右から小鳥数羽が現れ、そっけなく左に去って行く。
それを見送りながらピーターに尋ねた。
「お主達はこの契約が切れたら、どうするんだ。
切れたら当家で雇おうと思っているのだが」
「有難うございます。
過分なご評価、皆が聞けば喜びます。
けれど、誠に申し訳ないのですが、当分は切れないと思います」
「ほう、その訳は」
「・・・冒険者としての勘です」
お子様子爵から何か聞かされているのだろう。
しかし、それを口にしない。
サイラスが表情を変えた。
余計な事を口にしそうになったので、レオンは手で制した。
「もしかすると、もう一つの傭兵団もそうなのか」
「はい、アーノルド、あっ、これは団長なのですが、彼とも話し合いました。
その彼も、当分は子爵家でお世話になる、そう申しておりました」
レオンは沈考した。
結論は一つしかない。
「国の乱れは当分、収まらない。
そう佐藤子爵は考えているから、お主達を手放さない。
だろう、違うか」
ピーターは苦笑い。
「そうなのですが、困りました、どう申せば・・・」
「ほう、それだけではないのか」
「あの方は信用が出来ます。
先行きが分からぬ現状、仲間達を守りながら稼ぐには、
信用できる方としか契約したくないのです。
その一人が佐藤子爵様です」
「上手く立ち回れば荒稼ぎできるのではないか。
こういう機会は二度と来ないと思うがな」
ピーターが頭を掻いた。
「ここだけの話、あの方は金離れも良いのです。
ケチ臭いことは一切仰りません。
流石は『白銀のジョナサン様』のご家系です」
弓馬の神『白銀のジョナサン様』。
今の王家ではなく、前王家を支えた武人だ。
子孫は武門の意地とばかり、前王家の滅びに付き従った。
それでも、ごく少数が生き残った。
血統を守って、鄙な地に逃れ、隠れ住んだ。
それが尾張戸倉村の佐藤家。
案内を終えてピーターが部屋から去ると、サイラスが言う。
「『白銀のジョナサン様』のご子孫様が金離れが良いとは」
「弓馬に加えて金払いだ、最強ではないか、あやかりたいものだ」
「伯爵様、当家にそこまでの余裕は御座いません、お忘れなく」
「分かっている、父の時代の借金返済が最優先なんだろう」
「理解されておられるのなら大変に結構」
「王家からの支援はあったが、それでもカツカツなんだろう。
此度の戦争特需で儲けてみせるさ、任せておけ」
レオンは冷静にサイラスに問う。
「王家を取り巻く現状をどう見る」
「平民共は王妃様の危難と見ているでしょう」
「お前は違うのか」
「西の反乱は深刻に見えますが、王妃様にとっては、
それ程ではないと思います。
いえ、逆に利用なさっておられるかと。
評定衆と相諮り、互いの政敵になりそうな貴族や官僚を戦地に送り、
削っている、そう察しています。
東の反乱にしてもそうです。
王妃様や評定衆の方々には、まだまだ余力がありそうですので、
いかようにも手が打てます」
サイラスはレオンに近い見方をしていた。
「しかし、お子様子爵は違うようだ。
冒険者クランや傭兵団を手放さぬのは、資金の余裕だけではなかろう。
何かがある筈だ」
「王妃様と評定衆・・・、互いの政敵を排除したら両者の均衡が崩れます。
そこを見ていられるのでは」
「西と東を収めた後でもう一波乱、それこそ大波乱ではないか。
王女様を戴く王妃様と三好家、毛利家。
そうなると王女様しかない王妃様側は些か弱いな」
「三好家や毛利家を嫌う評定衆の取り込み次第でしょう」
「当家はどう動く」
「まずは目の前の関東ですな。
ここで軍事用ゴーレムをより進化させませんと」
風呂に案内された。
一階の離れに設けられていた。
渡り廊下の先の脱衣所からして綺麗な造り。
レオンとサイラス、二人で一番風呂だった。
肝心の大浴場は魔水晶がふんだんに使われていた。
浴槽の材質からして貴族の屋敷の風呂よりも豪華。
そして源泉かけ流しかと思われる程の湯量と湯煙。
からくりは施された術式にあると言う。
あきれ返りながら湯を楽しんだ。
「これも土魔法ですな。
何とも贅沢な、当家でも造りますか」
「これが造れる奴がいたか」
「造らせましょう、是非とも」
「ああ、お前が欲しいだけだろう」
「魔法で身体をクリーンにするのも良いですが、
あれはどちらかと言うと戦場向き。
対してこちらは、何とも良いものですな。
これで天井を開けられる様にすれば、何とも言えぬ趣きが・・・」
レオンとサイラスが上がると、待機していた家臣達が入れ替わりに、
大浴場に駆け込んで行く。
風呂から上がると食堂に案内された。
これは一階の奥に設けられていた。
代官の副官・イライザが立って出迎えた。
「伯爵様、お風呂は如何でした」
「あれは貴族用を超えているな。
誰を接待するんだ」
「開拓は体力勝負になりますから、せめて風呂では癒そうかと」
「死ぬほどに働かせる、そうとしか聞こえんな」
イライザは無表情で聞き流した。
小娘にしては貴族慣れしていた。
「先に説明にしますか、それともお食事に」
「食事は家臣が揃ってからだ」
「それでは先に説明いたします。
隣のテーブルをご覧下さい。
討伐なされたヒヒラカーンの魔卵です。
計七個。
鑑定スキル持ちによると、うちの三個が卵液タイプ、二個が砂状タイプ、
残り二個が塊タイプです。
分かるように表面に張り紙しています。
・・・。
もう一つ隣のテーブルには、取り急ぎ、取り寄せた魔卵です。
卵液タイプが五個、砂状タイブが三個、塊タイプが六個。
これも張り紙しています。
三河には既に二十六個を送り届けています」




