(大乱)47
代官の副官・イライザが言う。
「伯爵様方はお急ぎでしょうから、後始末は我等にお任せください」
後始末は面倒臭いと思っていた。
しかし、これだけの血が流れているのだ。
後始末しないと血の臭いに誘われて他の魔物を招き寄せる。
あるいは、隣接する三河大湿原の獣の興味をそそるかも知れない。
ただの魔物より彼等の方が手強い。
三河大湿原に生まれた魔物や卵を捕食しているせいか、
身体能力が獣の枠を凌駕しているのだ。
この獣道はこれから何度も通う道。
できれば魔物や獣の関心を集めたくない。
そこにこの提案。
気の利く副官ではないか。
レオン織田伯爵は応じた。
「頼めるか」
「お任せください。
陰共の半数を処理に振り向けます」
サイラス羽柴男爵が口を差し挟んだ。
「イライザ殿、討伐者として尋ねたい。
魔卵の所有権はどうなる」
解体せずに済ませようとしているのに、なんて余計な事を、
そうレオンは思った。
でも、口にはしない。
サイライスは男爵家、子爵家時代は執事であったが、今は違う。
家が大きくなったので別の者を伯爵家の執事長に抜擢し、
その者に複数の執事を委ねていた。
現在のサイラスはレオン個人の側仕え兼執事、魔法使い。
伯爵家では特殊な地位にある。
イライザはちょっと顔色を変えた。
怒ったとか、気を悪くした、そんな感じではない。
直ぐに口を開いた。
「本来であれば討伐した側が解体処理するのが決まりです。
それを済ませれば全てが討伐者側の物になります。
ところが今回はご承知のように特殊な事情があります。
口外できぬ特殊なご事情が・・・。
我らとしては伯爵様御一行には先に進んで頂きたい。
伯爵様御一行はできれば面倒は避けたい。
そこで折半ではどうでしょうか。
魔卵は当然、益の出る部位も折半で。
勿論、誰も見ていないからと言って、誤魔化しはいたしません。
そこはお約束します」
レオンは口出しするつもりはなかったが、思わず尋ねた。
「イライザ殿、お主は商人か。
何やら口振りが商家を思わせる。
いや、別に悪く言ってる訳ではない。
口上に妙に説得力があるのだ」
「これは失礼致しました。
確かに私は商家の生まれです。
商家と言っても小さな八百屋の娘です。
ただいまの折半の話は、商家がどうとかの話では御座いません。
冒険者の常識として申し上げております。
このようなケースはよくあり、利益の配分で揉めるのです。
その解決法が折半です。
面倒臭くなくて宜しいと思いますが・・・」
サイラスが釈明した。
「問い方を悪かったようだ、すまん。
金銭目的で尋ねたのではないのだ。
魔卵が気になった。
今回の件には魔卵が幾らあっても足りないのだ。
それで尋ねた」
魔物は大気中の魔素を呼吸によって吸い込み、
余分な分を内臓器官に溜める。
その器官は人に例えると盲腸。
溜められるに従い、盲腸は卵形に膨れる、
あるいは育つと表現すべきか・・・。
溜められた魔素は卵の中で、何故か変換される。
その仕組みは未だ解明されていない。
たぶん、神の御業。
魔卵の中身には三種類ある。
一つは本物の卵に近い卵液を思わせる物。
こちらはポーションの原材料として活用される。
主に薬師ギルド向け。
二つ目は砂鉄を思わせる物。
こちらは粒よりで、鍛冶で活用される。
主に鍛冶師ギルド向け。
三つ目は、こちらは文字通りの卵の形の塊。
磨かれて術式が施され、小さな物は魔水晶の核、
大きな物は魔水晶その物となる。
主に魔法使いギルド。
確かにサイラスの言うように魔卵が大量に必要になる。
必要数は発注したのだが、物が物だけに何でも良いという訳ではない。
ゴーレムを今以上に強化して戦場に送り出すのだから、
良質な物が欲しい。
入荷した物を鑑定し、仕分けすると、良質な物が幾ら残るのか・・・。
普通に入手できる最良の物はワイバーンの魔卵だろう。
昨年の騒ぎで王宮が大量に確保したが、
被災した箇所の立て直しと補修費用捻出の為、
半数以上を売りに出した。
残りは王宮の蔵に仕舞われていた。
それを提供して欲しいのだが、申し訳ないが王家の財政もきついのだ、
やんわり拒否された。
イライザが目を輝かせた。
「大樹海の魔物の討伐を強化して魔卵を買い集めましょうか」
嬉しい申し出だ。
「出来るのか」
「やってみせましょう」胸を張った。
「変な噂が流れるのは困る、そこのところは」
「代官所で買い集めます。
表向きは、とある商家の依頼ということで」
「当然、代官所も儲かるのだろう」
「儲かるから商売に誠実なのです」ここでも胸を張った。
レオンは意地悪く尋ねた。
「赤字覚悟で売り込みをかけて来る商人もいるが、それはどうなんだ」
「どこかで歪みを生じます。
伯爵様のお相手には相応しくないと思いますけど」
レオンは後始末はイライザ達に任せ、先を急いだ。
急ぐが、隊列は崩さない。
基本である斥候と殿は忘れない。
ゴーレムを中心にして進む。
危惧した冒険者パーティとは遭遇しない。
代官が冒険者ギルドに根回し済みなのだろう。
斥候からハンドサイン。
一時停止。
獣道の分岐点だ。
先が左右に分かれていた。
地図によると中継地が近い。
斥候が慎重に確認し、再び足を進めた。
右の獣道。
少し行くと前方に中継地が見えて来た。
それは水堀と外壁に囲まれていた。
事前の打ち合わせからすると新造の筈だが、
中継地は周りの景色に融け込んでいた。
水堀に水草が生い茂り、外壁には蔦が絡まっていた。
とても急ごしらえとは思えない。
立派な仕事ではないか。
跳ね橋の前に出迎えの者達がいた。
八名が跪き、一名が前に進み出た。
「織田伯爵様の御一行ですね。
遠路ご苦労様でした。
中継地を預かる冒険者クラン『ウォリアー』です。
某は団長・ピーター渡辺と申します」




