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異世界ブギウギ。  作者: 渡良瀬ワタル
242/373

お知らせです。

 体調を崩してしまいました。

本日の更新をお休みます。

ゴメン。


これより下は仕様の都合で、規定の文字数があるのです。

大昔の物をコピーします。

拙い物でゴメン。


 マンションに戻るのが遅くなった。

じきに朝日が昇る頃合いだ。

早足の俺の脇を新聞配達のバイクがゆっくり抜き去った。

 マンションには真っ直ぐ向かわない。

迂回した。

付近に不審車がないかどうかを調べた。

毎度のルーティーン。

安全を確認した。


 男が一人、マンション玄関から急ぎ足で飛び出して来た。

知っている男であった。

同じマンションの住人だ。

言葉を交わしたことはないが、

マンション入り口でこのように幾度か擦れ違っていた。

たぶん姿形からしてサラリーマンと思われた。

男は俺を一瞥すると、知らぬ男とばかりに無表情で擦れ違った。

俺が分からないのは当然だ。

俺が俺でなかったからだ。

今の俺は外見からして別人。

それには説明し難い深い分けがあった。

たとえ丁寧に説明しても無駄に終わるはず。


 エレベーターで五階に上がった。

自分の部屋だが鍵を持っていない。

誰も廊下に出て来る気配がないのを確認し、

ピッキング器具を取り出した。

この手の作業には慣れていた。

シリンダー錠なので、ものの数秒。

 解錠して室内の物音に耳を澄ませた。

当然だが人の気配はない。エアコンだけが仕事をしていた。

素速く玄関に入った。明かりは点けない。

勝手知った我が家なので暗くても歩けた。

抜き足、差し足、忍び足。

まるで泥棒。


 奥へ進むに従い、微かな異臭が漂って来た。

嗅ぎ分けた。

これは血と糞尿の入り混じった遺体特有の臭い。

腐敗を遅らせるためにエアコンが一人、頑張っていた。

でも我慢出来なかった。

窓を開けて空気を入れ替えた。


 朝日が頭を出した。

床を見下ろすと、男が仰向けに寝かされていた。

見覚えのある顔。

そう、俺。


 これまで幾人もの人間を殺してきた。

飽きるほど死に顔を拝んできた。

でも、自分の死に顔を見るのは今回が初めて。

横たわる自分を見下ろした。

見間違えようがない。何度見ても俺そのもの。

分かってはいたが、俺は不思議な気分に包まれた。

これが寂寥感というものなのだろうか。


 洗面所に向かった。

鏡を見た。

知っている男が映っていた。

大柄で獰猛な顔。

名は前田清三。

俺の同期で信頼に足る男だ。

信頼に足りたからこそ部屋に入れた。

それが甘かった。


 俺は怠さを感じた。

疲れが出たらしい。

なにしろ殺されてからが忙しかった。

それに、この新しい身体に慣れるのに苦労した。

寝室には死体が転がっているので、リビングのソファーに横になった。

 けれど横になっても寝付けるものではない。

目を閉じたまま、ここまで間違いがないか、足取りを検証してみた。


 始まりは昨夕。

風呂から上がると携帯が鳴っていた。

前田清三からだった。

「相談がある、お前の部屋にこれから向かう」と言われた。

 30分後、彼が律儀にも手土産持参で現れた。

年代物の国産ウィスキーと肴。

「相談は後回しで、まずは飲もうか」と提案された。

「酒が入ったほうが舌が滑らかになる」と言うのだ。

断る理由がなかった。酒から入った。


 俺と彼は出身組織が違っていた。

警察から出向の俺と国軍から出向の彼。

年齢も違っていたが、出向先では同期であった。

訓練を受けた際の相棒なので気心は知れていた。

現場に配備後も何度か組んで仕事をしたもあり、資質も知っていた。

背中を預けるに値するのは前田清三だ、と信じていた。

アルコールが回ったころに彼が問うてきた。

「先週の仕事で、何かを預かったそうだな」


 殺した相手が息を引き取る寸前、

「これを娘に渡してくれ」ポケットから小さな箱を取りだし、俺に手渡した。

 承諾も拒絶もなかった。

相手はそのまま絶命し、俺の手には預かり物が残された。

「よく知ってるな」実際、報告せず内緒にしていた。


 ほんの一瞬、相手が俺に向かって倒れる際の出来事だった。

それを正確に目撃されていたとは。

「誰に聞いた」

「事務所の者」

 仕事の際には、事務所からスコアラーと呼ばれる者が一人派遣された。

彼らは離れた地点から俺達実行役の仕事振りを見届けて、

詳細な報告書にして提出するのを役目としていた。

あの日、俺はスコアラーの目は誤魔化せた、そう思っていた。


 俺は今の出向先に愛着はない。

どんなに綺麗事を囁かれようが、無理なものは無理。

公務員のする仕事ではない。

それに、出向命令自体に不満が募っていた。

だから最近では仕事をこなすにしても、ルーズに事を運んでいた。

下見もせずに実行した案件も何度か。それでも一度として失敗はない。

今回の預かり物の一件も事務所には告げていない。

子供じゃあるまいし、と事後報告をしなかった。


 俺は前田を正視した。

「娘に渡してくれ、と頼まれた」

「それでどうした」

「俺が娘に手渡すと思っているのか。

どんな顔して会えばいいんだ。

見られていたのなら事務所の監視が付いていた筈だ。

俺が娘に会っていないのは彼等が証明してくれる」

 娘の前に顔を出せるわけがなかった。

娘が知らなくても、俺は知っていた。

俺が娘の父親を殺したことを。

だから預かり物は手元に残ったまま。


 前田は苦笑いで肩を竦めた。

「それもそうか。

よかったら預かった物を見せてくれよ」

 俺はアルコールで思考力が鈍っていたらしい。

「いいとも、持ってくる」気楽に立ち上がった。

 寝室の隠し金庫に入れていた。

それほど重くはない。キャスター付き。

ベット下からコロコロと引き出し、ダイヤル錠の数字を合わせて開けた。

非常用の現金の隣にそれを置いていた。

預かった小箱だ。

指輪でも入れてあるような小さな木箱。

それを持って立ち上がった。

何時の間に忍び寄っていたのか、背後に前田が立っていた。

アルコールで危機意識も薄れていたらしい。

振り返って苦笑い、「脅かすなよ」と。

 同時に前田の手が素早く動いていた。

ナイフ。

気付いた時には脇腹に深々と突き刺さっていた。


 驚くので精一杯。

抜かれたナイフが宙を舞うような軌道を描き、俺の頸動脈を襲った。

躊躇いがない。

前田が仕事モードに入っている、と分かった。

反撃するには遅すぎた。

 俺は不思議な感覚を覚えた。

自分が殺されるのを他人事のように見ていた。

天井付近から、ただじっと。

 俺は直ぐに納得した。

刺されたショックで幽体離脱してしまった。

小さな頃から何度も経験していたので、

俺にとって幽体離脱は珍しい事ではなかった。

履歴書の得意項目には記していないが、完全に慣れ親しんでいた。

 勿論、幽体離脱しようとして出来るものではない。

何かの拍子に起こるのだ。

一番多いのは疲れた夜。

次ぎにストレスを溜めた夜。

とにかく俺は幽体離脱し易い体質には違いない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 虻蜂に続きこちらも読ませていただきました^_^ 面白くてこちらも一気に読ませていただきました\(^^)/ 他の作品も読ませていただきます(><)
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