(三河大湿原)3
アンソニー佐藤の前にパイアの首が並べられた。
合わせて五つ。
血抜きの為に斬り落としたのだ。
うちの二つが問題だった。
頭部に矢を打ち込まれた二つ。
思わず見入ってしまった。
肩を並べた大人の一人が他に聞こえぬように小声で言う。
「二つとも当たった矢が頭蓋骨から脳へと貫通し、
反対側の頭蓋骨内側で止まっています。
あの距離です。短弓にこれだけの威力はありません」
「どういうことだ」
「ダンタルニャン様の髪の毛が白銀になってから、
村人の間で流れた噂はご存じですよね」
「白銀のジョナサン様の加護、という・・・」
「そうです。
・・・。
もう一匹、背中に当たっていた奴もいたでしょう。
あれは鏃が突き出ています。
仕留められた三体とも子供の腕力では考えられないことです。
加護の噂を信じたくなります。
・・・。
今回のことは口止めしても誰かが漏らすと思います。
そうなれば余計な騒ぎになります」
「そうか・・・、加護か・・・。
お前も信じてるのか」
「いいえ」否定したが顔色は違った。
『白銀のジョナサン』は佐藤家の始祖で、武芸に秀でていたことから、
弓馬の神、とも呼ばれた武人だ。
村人達はアンソニーの前でこそ言わないが、裏では、
ダン様は白銀のジョナサン様の加護を受けたのではないか等々、
尾ひれを付けて噂しているのだ。
娯楽に事欠く僻地の村なので、
彼等にとっては格好の話題なのかも知れない。
だからといって見過ごしには出来ない。
それが英雄待望へと向かえば、
佐藤家だけでなく村にとっても困ったことになる。
佐藤家にも村にも既定の方針がある。
家督は嫡男のトーマスに譲り、いずれ村長とする。
次男・カイルは、トーマスが妻帯者となり嫡男が生まれるまで村に残す。
末っ子・ダンタルニャンは成人と同時に平民にして外に出す。
きちんと決められていた。
村人全員が知っているだけでなく、当の兄弟も自覚していた。
その為に弟達の派閥が生まれぬように気を配ってきた。
方針は絶対揺るがせない。
佐藤家には口伝の家訓もあった。
昔のような弓馬の家には戻らない、というものだ。
それを死守するのが家長の役目。
頭を抱えたくなったアンソニーだが希望もあった。
ダンタルニャン自身が村を出たら冒険者になる、
と嬉々として語っていることだ。
本人がその気になっているうちに手を打たなければならない、
早ければ早いほど良い、とアンソニーは思った。
パイアの解体を終えた俺達はカールに呼び集められた。
「手に付いた血を流すぞ」
カールは気軽に呪文を唱えて水魔法を発動し、
バレーボール大の水の塊、水球を出して、それぞれの手に乗せた。
初めて見る水球に俺達は戸惑った。
そんな俺達にカールが言う。
「水球に手を入れて洗うんだ。
早くしないと落ちてしまうぞ」
俺達は競うようにして水球に手を入れた。
両手を擦り合わて付いた血を荒い落とす。
一分ほどで水球が足下に崩れ落ちた。
幸い俺は寸前でバックステップしたので濡れなかったが、
ケイト達は足の甲をビショビショに濡らしてしまった。
「きゃー」
「うわっ」
「濡れた」
俺はカールに尋ねた。
「幼年学校の他に魔法学園にも通ってたの」
カールは片手を上げて左右に振った。
「違う、違う。
俺は体内の魔素が少なくて魔法学園には入れなかった。
それで幼年学校に入った。
入ったが、魔法が諦められなくてな・・・。
国軍で貯金して魔道具を買った」
首から提げているタグ二つを見せられた。
「これは一つが身分を示す認識票だが、
もう一つがタグ型の魔道具になってる。
魔法発動を補助する作用があって、魔素が少ない者でも、
これを身に付けていれば、下級の魔法くらいなら簡単に発動できる。
軍では野営が多いから、水の魔法に特化した魔道具にした。
飲み水に困るからな。
冒険者でも同じだ。
重宝してる」
「へえ、簡単に補助できるんだ」
「いやいや、ある程度の修行は必要だ。
それに魔法との相性もある」
「厳しいの」
「俺にとっては易しかったが、そこは人それぞれの受け取り方だな」
脳内のモニターに文字が現れた。
「水魔法の分析が終わりました。
EPで再現可能です」
鑑定スキルの仕事なんだろう。
思わず再現可能の文字に目が点になった。
EPで水魔法が発動できたら、でかした鑑定君、と褒めてあげたい。
と、その前に、唱えられた呪文を覚えていないんだが・・・。
もしかして無詠唱を求められてる・・・。
つまり水球の現れた場面をイメージしろ、と言うことかな。
たぶん、そうなんだろう。
失敗してもダメージはない。
さっそく一人になった時にでも確認してみようか。




