(大乱)37
王宮から招待状が届けられた。
勿論、俺宛て。
王女・イヴ様からの私的な招待なので、扱いは非公式になる。
その招待状を持参したのはシェリル京極。
「確かに渡したわよ」
「日時が指定されてないけど」
「貴方が空いた時間で良いそうよ。
イヴ様はニャン様に優しいから」
イヴ様は俺をニャンと呼ぶ。
ダンタルニャンだから、愛称はダンだと思うのだが・・・。
「未だに猫扱いか」
「嫌なの」
「まあ、シェリルに言っても仕方ないか。
・・・。
日時の指定がないのに、門衛が、はいそうですかと通してくれるかな」
「南門には通達してあるそうよ。
王妃様からだから問題ないと思うわ。
でも心配なら先触れを出すと良いわね」
伴侶を失ったから元王妃様のベティ様。
それでも権力だけは絶大だ。
亡き国王の側近衆や評定衆の支持があるので、
今もって王妃様と呼ばれていた。
俺は三日後、屋敷から内郭南門に先触れを出し、王宮を訪れた。
当然ながら非公式なので、馬車で門内には入れない。
従者・スチュワートを連れ、徒歩で門を潜った。
すると門衛の検査ではなく、案内人が待っていた。
女性将校のカトリーヌ明石大尉・・・。
何時の間にか肩章が少佐になっていた。
その彼女が俺の方へ悠然と歩み寄って来た。
「お待ちしてたわ」
「有難うございます。
それより、昇進したんですね。
おめでとう御座います」
「ありがとう。
さあ、行くわよ」
案内しようとする方向はイヴ様の住まう後宮ではなかった。
「どちらへ」
「イヴ様の前に王妃様に会って頂くわ」
「でもどうして」
「色々とね・・・」
王妃様とあれば逆らえない。
素直に従った。
連れて行かれたのは王宮本館方向。
道々、周囲を見回して、我が目を疑った。
ワイバーン襲来と反乱のせいで、王宮区画の多くの建物が壊された。
特に中心部の建物群が一番被害を受けた。
なのに、それが、修復や建て替えが思いのほか早く進んでいた。
真新しい正面玄関や側壁がそれを物語っていた。
この短期間で・・・、これが足利家の底力なのか。
カトリーヌ少佐が俺に笑いかけた。
「ふっふっふ、驚いて貰えて嬉しいわ」
「そりゃあそうでしょう。
あれは地獄絵図でしたからね」
「確かに地獄絵図だったわね。
でも今はこれよ。
あれを見てご覧なさい」
指し示された解体現場で大きな図体の奴が立ち働いていた。
高さは三メートルほど。
どう見てもコーレムだ。
「もしかしてレオン織田伯爵のゴーレム・・・」
ゴーレムが十体近く見えた。
現場の中心に小男がいた。
あれは織田伯爵家の執事のサイラス羽柴。
俺の視線にカトリーヌが気付いた。
「サイラス殿をご存知か」
「一度見ました」
「それで覚えていると・・・、何か含むところでも・・・」
「いいえ、多少気にかかるだけです」
「それは分かります。
愛嬌はあるのですが、目は笑っていない・・・、ですよね。
油断ならぬ奴です。
まあ今回はいいでしょう。
・・・。
あの男が伯爵家のゴーレム使いや風や土魔法使いを指揮して、
瓦礫撤去から資材の搬入搬出をしているのです。
今や、この現場に欠かせない男です」
普通に鑑定すると露見する恐れがあるので、
俺は足の裏から地に魔力を走らせた。
それに誰かが気付いた様子はない。
安心してサイラスのいる現場を漏れなく鑑定した。
ゴーレム使いは、正しくは土魔法使いでもあった。
それが十八名。
十名がゴーレムを動かして作業していた。
残り八名と風魔法使い十二名が他の作業に従事していた。
この現場の魔法使いに興味はない。
ランクは低く、スキルにも目新しい物はない。
俺はゴーレムに興味があった。
こんな面白そうな物はない。
幸い俺のスキルには土魔法だけでなく、錬金魔法もある。
これより強力な物が造れる筈だ。
学習の為に鑑定した。
土のゴーレムが六体、岩のゴーレムが四体。
無造作な造りではない。
人体を理解した造りになっていて、関節部に特に力が入れられていた。
腰を据えて観察したいが、隣にカトリーヌがいた。
急いでコピーした。
カトリーヌが修復なった王宮本館そのものに案内した。
「ここは近衛軍の魔法使い達が奮闘しました。
お陰で解体せずに済みました」
「魔力切れを起こして大変だったんじゃないですか」
「そうですが、歴史ある本館を解体する訳には行きません。
近衛軍が意地になって修復しました」
「かなりのポーションを消費しましたね」
「お金には替えられませんからね」
カトリーヌの目が何故か笑っていた。
俺は突っ込んだ。
「本音は」
「解体するとなると、書類等の引っ越しが大変なんですよ。
そして、一時引っ越したは良いが、完成したらまた元の戻す。
それを誰がやるの。
大事な書類もあるから文官には任せられないでしょう。
そうなると近衛軍、そうでしょう」
王宮本館の書類等になると、歴史があるだけに相当な分量になる。
日常業務の書類から、果ては歴史的な機密書類まで。
これを機に整理整頓を行おうとする意見も出る筈だ。
それを見越して近衛軍は修復に拘ったのだろう。
カトリーヌの顔パスで中に入った。
一階奥へ案内された。
食堂とは、少し違う。
喫茶店か・・・。
それにしては大きい、広い。
中央に噴水があり、その上が吹き抜けになっていた。
「ここは・・・」
「ただの憩いの広場よ」
「噴水が必要なの」
「たぶん・・・。
ここで待っててね」
噴水が盛大に水を吹き上げていた。
あっ、温水だ。
誰の発案なんだろう。
たぶん、それだけの権力者。
趣味が突き抜けていた。
 




