(大乱)33
俺は寝過ごした。
メイドのドリスとジューンに叩き起こされた。
「何時まで寝てるのですか。
早く起きて下さい、子爵様」ドリスが掛布団を剥いだ。
「眠いよ、眠いよ、もう少しだけ」
「駄目です。
早く起きて朝食を食べて下さい。
でないと片付けが終わらないでしょう」ジューンが俺を引き起こす。
二人がテキパキと俺を無視して着替えさせた。
お子様子爵様の出来上がり。
「さあさあ、お食事に行ってらっしゃいませ」
部屋から送り出された。
廊下でスチュワートが待っていた。
そう言えば彼が俺の従者だった。
「子爵様、おはようございます」
「おはよう。
昨日の疲れはどう、抜けた」
「一晩で抜けました」
若いって素晴らしい。
俺はもっと若いけど、寝不足だ。
眷属二人に散々扱き使われた。
あれしろ、これしろ、注文が多過ぎた。
その二人は暫くはダンジョンに籠ると言う。
当主家族用の食堂は寂しい。
何しろ家族がいない。
俺一人、ポツンと思っていたら違った。
先客がいた。
カールとイライザだ。
俺を気遣ってくれたらしい。
二人が席を立って俺を迎えてくれた。
「おはよう。
二人を待たせたみたいだね」
イライザが嬉しそうに言う。
「気にしないで。
家族ができるまで付き合ってあげます、子爵様」
カールが俺を繁々と見た。
「昨日は疲れましたか」
「疲れたようには思わなかったけど、結局、寝過ごしたちゃった。
たぶん、育ち盛りだからかな」
スチュワートが上座の椅子を引いてくれた。
俺はそれに腰を下ろした。
すると待ち構えていたのか、メイド達が次々に料理を運んで来た。
三人のモーニングにしては量が多い。
領都屋敷の料理長が張り切っているのが分かった。
メイドに笑みを返した。
「凄く美味しそうだね」
カールがナイフとフォークを構えて言う。
「味は保障します。
ハミルトンの推薦ですからね」
国都屋敷の料理長・ハミルトンの推薦なら間違いはない。
食事が終わると執務室へ連行された。
カールとイライザが俺を逃さぬように左右を固めていた。
これでは逃げるのは不可能。
「逃げるつもりはないんだけどね、カール」
「信じてはいますよ」
カールが代官なので安心して任せられる。
このまま委ね続ければ、俺は楽ができる。
その思惑を見抜いているのか、カールは俺に書類を一つ一つ見せて、
丁寧に説明した。
これが何であるのか、如何なる意味合いの物であるのか、
裁可するとどう動くのか、却下するとどうなるのか、
差し戻しした場合はどうか、等々事細かく教えてくれた。
ある程度のところで俺は解放された。
カールが優しく言う。
「これ以上詰め込むと、子爵様の頭が爆発しそうですから、
今日はここまでにしましょう」
俺は執務室の本棚を調べた。
目的の地図を見つけた。
二つあった。
一つは近年、冒険者が手書きした大樹海の地図。
もう一つは冒険者ギルド発行の、古い木曽の地図。
俺は二つを長テーブルに広げて比べてみた。
一つ目が冒険者目線であるのに対し、二つ目は為政者目線の物。
たぶん、二つ目は木曽の貴族だった者の依頼によって、
ギルドが全力で仕上げた地図だろう。
魔物の縄張りから植生までが丁寧に書き込まれていた。
件の瀑布も記されていた。
木曽の大滝。
安直な名付けに呆れた。
そこへ至る道もあるにはある。
だが整備されてはいない。
ただ単に、川沿いを進むだけ。
二つの地図によると、
その周辺は滝も含めてヘルハウンドの縄張りになっていた。
爆発的に数を増やして魔物の大移動の原因となる種だ。
厄介な奴等の縄張りに滝があり、
これまた厄介なアリスが滝にダンジョンを得た。
なんてこったい。
これは天の配剤か。
アリスとハッピーが奴等を間引くことを祈ろう。
そんな俺の葛藤に気付いたのか、カールが傍に寄って来た。
「何か気になるものでも見つけましたか」
俺は地図を指し示した。
「この滝、木曽の大滝、これが観光資源になれば、そう思ってたんだよ。
でも駄目だね、ヘルハウンドの縄張りではね、実に残念」
「ああ、あそこでしたか。
たしかに残念です。
あんな見事な滝は二つとないでしょう。
それが売り物にならないから、痛いですね」
「冒険者のランクからすると、どのランクなら入れると思う」
「最低でもCのバーティですね」
「そうだ、途中の何カ所かに魔道具【魔物忌避】の柱を設置して、
休憩所にしたらどうだろう」
カールの表情が暗くなった。
「そうしたいのですが、あれは無駄です。
特に汎用品では効果が薄く、大樹海には向きません」
「汎用品・・・」
「市中に出回っているのは錬金術師の手になる物ではなく、
職人の手による物です。
施される術式も職人用の物です。
ランクの低い魔物が出没する地域なら効果が望めますが、
大樹海の様な所には向きません。
匠と呼ばれる職人ならまだしも、ただの職人の物では、無駄です」
「そうなると・・・」
カールが人差し指を立てた。
「もう一つ問題が。
効果のある【魔物忌避】を街道に設置されますと、
大軍の通行が可能になります。
そうなった際、大樹海の魔物がどう動くのか見当がつきません」
そうなのだ。
大軍通行の問題が噴出する。
それが魔物にどう影響するのか。
試してみて、大きな被害が出ました、では済まされない。
人的被害、物的被害への補償が科される。
そうなると当家は終わる。
 




