(三河大湿原)2
忍び寄って来たパイア五匹が二人の声に反応した。
行動が露見した、と判断したのだろう。
あからさまな襲撃に転じて来た。
木立の陰から姿を現して一斉にダッシュした。
俺は虚空のスペースに必要な物を入れていた。
短槍は勿論、短弓もだ。
それを取り出して山で人目につかぬように鍛錬していた。
でもここで取り出す訳には行かない。
説明がつかないからだ。
それでケイトの短弓と矢筒を強引に借りた。
身体強化は出来ないが、似たような事は出来た。
EPの力を意識して全身に巡らした。
脳内モニターでズームアップ。
手前の一匹を狙った。
四つ足で駆けて来るので頭部以外に狙う箇所がない。
引き絞って、頭蓋骨貫通と念力を付加、射た。
矢が光の速さで飛んで行く、というか、前に飛んで消えた。
次の瞬間にはターゲットが前のめりに崩れて倒れた。
微動だにしない。
手早く矢を番えた。
二匹目。
同じ様に狙い、引き絞り、射た。
三匹目が獣人に襲い掛かった。
四匹目がカールに襲い掛かった。
それを二人は一歩も引かずに迎え撃った。
獣人は槍、カールは長剣。
二人が熟れた動作でパイアを葬り去る。
俺は五匹目を狙った。
そいつは固まっていた。
仲間が次々に討たれたせいだろう。
躊躇いの挙げ句、背中を向けた。
逃げようとした。
その背中に俺が放った矢が吸い込まれて行った。
カールと獣人は顔を見合わせた。
言葉はない。
頷き合うと、すぐに行動を開始した。
カールはこちらに駆け戻り、指示して防御の態勢を整えた。
獣人は左右を警戒しながら、パイアが来た方へ慎重に向かった。
二人がこの手のことには慣れているようなので、安心ができた。
子供達の悲鳴が聞こえたのか、野営地から大人達が駆け付けた。
先頭の獣人が父に問うた。
「何があったのですか」
父が前方のパイアの死骸を指し示した。
「あれに襲撃された」
駆け付けた者達が弓槍を構え、周囲を警戒した。
「被害は」
「ない、みんな無事だ」
パイアが来た方へ向かった獣人が駆け戻って来た。
「後続はいません。
他の魔物もいません」
それは俺も分かっていた。
探知スキルで広範囲を調べていたからだ。
でも黙っていた。
パイア三匹を仕留めたこともあり、これ以上、悪目立ちしたくなかった。
弓矢と矢筒をそっとケイトに返した。
「ごめん、急だったから」
ケイトは怪訝な表情で俺を見、間を置いて不機嫌そうに言う。
「私だったら五匹とも仕留めたわ」
たしかにケイトだったら出来たかも知れない。
「そうだね。ケイトなら出来たよね」素直に認めた。
癇に障ったらしい。
「どうしてパイアに気付いたのよ。
それも獣人の私よりも早く」
「山で獣や魔物の足音を聞き分けるようにしてるからだよ」
「ええっ、馬鹿みたいに走り回っているんじゃなかったの」
ガ~ン、そういう認識だったんだ。
「走り回ってもいるけど、ついでに目も耳も鼻も利かせているよ」
二人だけで話しているつもりだったが、周りの者達も聞いていた。
ことに大人達が感心した。
「そうだったのか」
「遊び回っていた訳じゃなかったのか」
ケイトが感心した。
「次からは私も一緒に走るから置き去りにしないでよ」
「あっ、それは駄目」
「どうしてよ」
「近くで人の足音がすると、足音の聞き分けの邪魔になるんだ。
ごめん、一人で走らせて」拝み倒した。
父が指示をした。
大人三人を野営地に戻し、俺達子供に言う。
「時間もある。
せっかくだから、砦跡に行く前にパイアの解体をしよう。
カールとケイトが指導してくれ。
他の大人達は警戒だ」
十一才のケイトは大人枠だった。
俺は抗議した。
「ケイトも子供だろう」
ケイトが踏ん反り返って言う。
「ふふん、忘れたの。私は獣人の娘よ。解体には慣れているのよ。
毎日のように何匹も解体しているわ。
ダンタルニャン様には私がご指導しましょうね」
そんな俺達の前に父がパイアを運んで来た。
父が笑顔でケイトに言う。
「ケイト、ダンを一人前にしてくれ。頼むぞ」
ケイトは図に乗ったかのように、顔を綻ばせて俺を見た。
「村長様の許可を頂きました。
さあ、やりましょう。
まず血抜きからです。出来ますよね」
隣ではカールが残った子供二人に優しく言う。
「まず血で服を汚さないこと。
血の臭いで魔物を呼び寄せたくないからね。
さあ、始めようか」




