(大乱)31
俺の執務室の机の上に報告書が置かれていた。
カールがセリナから事情を聞いて、それを纏めたものだ。
読んで驚かされた。
子爵如きが関わる問題ではない。
これは上に丸投げだ。
その前に、取り敢えずカールを呼んで確認しよう。
「これは全部信じて良いのかい」
「当人の話だけでなく、随行の騎士達にも聞き取りしました。
それで嘘偽りはないと確信しました」
カールが保証した。
うーん、これは問題が大き過ぎる。
ダブルチェックだろう。
そこで場所を応接室に移し、セリナを呼び出した。
当然、護衛の騎士も付いて来た。
面識のあるあの騎士だ。
セリナの背後に立って俺を見、軽く会釈して来た。
俺は応じて頷いた。
「さてセリナ殿、お尋ねします」
「なんなりと」
俺は報告書の確認をした。
「三河地方に武装した他領の軍勢が侵攻して来たのですね」
「はい、旗印からすると、武蔵の太田伯爵軍、相模の北条伯爵軍、
下総の千葉伯爵軍、この三家の軍です」
俺は護衛の騎士を見た。
彼も同意するかのように首を縦にした。
「その侵攻軍に内応した寄子がいた」
「はい、事前に打ち合わせていたようで、
領都の表門を開けられてしまいました」
「それは身内の松平子爵ですね」
セリナが悔しそうな顔で俺を見た。
「はい、身内と言っても遠縁の遠縁、他人のようなものです」
言い切ると奥歯を噛み締めるのが分かった。
砕けなければ良いのだが。
彼女に嘘はない、そう確信した。
でも遺漏なく最後まで聞くのが関わった者の責任。
共感せぬように注意を払いながら、事務的に進めた。
領都の伯爵屋敷を占領されたが、幸いにも彼女は脱出できた。
父母や嫡男は国都にて行われた国王の葬儀に参列し、
そのまま社交や新政権との顔繫ぎを行っていたので、これまた無事。
しかし領都の屋敷にいた他の兄弟姉妹に関しては不明。
彼女としては国都の伯爵邸へ赴き、父母や嫡男に事態を告げ、
新政権に訴え出たいそうだ。
俺はポール細川子爵へその報告書を駅馬車便で送ると共に、
先を急ぎたいセリナ一行をも翌朝送り出した。
見送りながらカールに尋ねた。
「さて、問題が発生した。
現地に近い子爵様としてはどうしたらいいかな」
カールは一行の後尾を見ながら答えた。
「隣の国軍にも報告書を届けています。
問題が問題だけに丸投げで問題ないでしょう」
「だよね、その為の国軍だもんね」
「そうです、しっかり働いて貰いましょう」
「でもさあ、何が起こったんだろうね」
カールが俺を見返した。
「気になりますか」
「ちょっとね」
「武蔵の太田伯爵は関東代官の実弟です。
これに相模の北条伯爵、下総の千葉伯爵、貴族年鑑によりますと、
両者共に関東代官の上杉侯爵系の派閥に分類されています。
嫁入りや婿入り、養子入りで結ばれているのでしょう」
「なるほど貴族年鑑はそうやって見るのか」
「そうです」
俺は早速執務室に戻ると、本棚から貴族年鑑を取り出した。
ペラペラめくり、上杉侯爵関連で調べた。
確かに上杉、太田、北条、千葉の四氏は濃い血縁で結ばれていた。
これに上野地方の宇都宮伯爵、信濃地方の小笠原伯爵、
この二氏を入れると、相互に、且つ意識的に結ばれていると見て取れた。
地理的にも強固な結びつきになっていた。
上杉と太田を中核とし、北に宇都宮と小笠原、南に北条と千葉。
それを指摘すると、ソファーで寛いでいたカールが笑みを見せた。
「それが王家の方針だったのか、上杉家の方針だったのか、
調べる術はありませんが、現実に派閥が形成されているので、
これは由々しき問題ですよ」
「だとしても王位簒奪は無理だよね。
東海道は三河大湿原で全く使えない。
中山道は木曽の大樹海で大軍の通行は不可能。
行軍できるのは北陸道のみ。
これでは軍事的な活動は制限されたも同然。
畿内への進軍は出来ないよね」
「そうです。
ですが、逆に考えると王家も関東への進軍は国難です。
冬になると雪で閉ざされる箇所が幾つもありますからね」
カールは俺に、今の王家は大きな借財を抱えていると教えてくれた。
金銭に例えて説明だったので分かり易かった。
今日までの王政への不平不満を金銭へ換算すると、とても大きい。
十年や二十年では返済できないと言う。
その歪みが今回の件で一挙に噴出した。
国王の兄弟二人の暴挙。
王妃の新政権はこれ幸いと、邪魔な貴族や官僚を戦地に投入した。
余りにも露骨な為、派遣軍内部では厭戦気分が充満した。
それで戦果が上がる訳がない。
敵に認定された島津伯爵や尼子伯爵により、各地で撃退されるばかり。
それを見て上杉派閥が行動に出た。
畿内への進出ではなく、関東の分離独立へと。
俺はカールに尋ねた。
「それで勝算はあるの」
「事前に東北代官と北海道代官、
その二つにもある程度は接触している筈だ。
たぶんだが、感触が良かったので踏み切ったのじゃないかな」
「すると東北代官と北海道代官も何れ、機を見て分離独立か」
「そうだね、王家の内輪揉めに乗じた最善手だよ。
王家の長年の膿に関わることなく、綺麗に独立できればね」
「褒めてるの」
カールはおどけた顔をした。
「ちょっとだけ。
借財がないから身軽に動ける。
これ大事な点」
「俺達も何れ巻き込まれる事になるのかな」
「何れ何らかの形で。
その時に困らぬように力を付けておきましょう。
そうでしょう、ダンタルニャン佐藤子爵様」
俺とカールは対策として領地の地力アップで合意した。
何はなくとも、まずは人口と人材だ。
各ギルドに依頼して手広く集める。
移住者と冒険者。
そして仕事を斡旋する。
これは領地の特産物を活かす事にした。
魔物だ。
魔物は大樹海で途切れることなく生まれる。
これを活用するのが手っ取り早い。
部位を加工して領外に売る。
得た利益で領地に足りない物を購入する。
当分はこれを進めるしかない。
 




