(大乱)29
突っつかれても呆然自失のイライザ。
でもチョンボはお構いなし。
突っつくのに飽きると次なる行動に移った。
スキップ、スキップ、ジャンプ、ジャンプ、ダンス。
遂には羽根でイライザを包んだ。
突然、イライザが頭を抱えた。
「キャー、変な声が聞こえる」
私は教えてやった。
「たぶん、チョンボからの念話じゃないのかな」
「念話・・・」
「物の本によると、そうだね」
「どうしたらいいの」
「慣れればイライザも念話で返せるんじゃないのかな」
イライザは念話ではなく、口を開いた。
「煩いわね、少し静かにしなさい」
「グワチョ、グワグワッ」
「羽根を下げて」
「グチョー、グッチョー」
俺達は一人と一羽から離れ、パルスザウルスに歩み寄った。
「これ食用になるかな」
例の騎士が答えた。
「美味いですよ。
この臭いなので直ぐには食べられませんが、氷室で保管して置けば、
臭いが取れて熟成が進み、半年後にはご馳走になります。
関東や東北では高価な肉の一つですね」
カールが皆に指示した。
「よし、解体するか。
ここで血抜きして解体する組と、
町に戻って荷馬車を曳いて来る組に分かれよう」
安全の為、バックアップチームから三人が町に戻る事になった。
気付くと馬車から二人が下りて来た。
衣服から明らかに主筋の娘。
年の頃は十五六才か。
もう一人は女騎士。
二人とも口を布で覆っていた。
離れた馬車の中にいれば良いものを、わざわざ歩いて来た。
娘が俺達に言う。
「失礼しますわね」
慌てて先の騎士が二人に俺を紹介した。
娘が顔色を変えた。
「子爵様とは知らず、失礼しました。
私は三河のハウザー松平伯爵の妹、セリナと申します」
伯爵家の子弟が爵位持ちなら別だが、普通は爵位なし。
平民と同じ。
なので身分は子爵が上なのだ。
まあ、俺にとっては身分はどうでもいい。
「こちらにいると臭いが付きますよ」
「これは何度か・・・」
「三河でも出るんですか」
「はい、臭いですけど、ご馳走ですよ」
突然、チョンボの歓喜の声。
「グッチョグッチョ~、グッチョグッチョ~」
振り返るとイライザがチョンボに乗っていた。
太い首にしがみ付くようにして、座る位置を探っていた。
そして、座るや、チョンボが駆け出した。
行き成りのトップスピードで森の奥へ。
「キャー、早過ぎるわよー」
似た者同士に見えた。
それを俺達は見送った。
セリナが感心した。
「テイマーって凄いですわね」
「でもあれは、たぶん、大変だと思います」
「そうですか」
「餌代が・・・」
「あー、なるほど、食べそうですわね」
チョンボは完全な成鳥だ。
何を、どれだけの量、食べれば満腹になるのか・・・。
近くにいたカールの表情がちょっと暗くなった。
そこで俺は彼に指示した。
「ねえカール、あれはイライザがテイムしたけど、仕事でも使えると思う。
なるだけ仕事を回して公費で餌代を負担しようか」
「ありがとうございます」
「どうしてカールが礼を言うの」
カールは苦笑い。
「あれは私の副官ですから」
深くは突っ込まない。
それが大人というもの。
セリナを振り向いた。
彼女は女騎士とヒソヒソ話。
何度か頷く。
終えると改めて俺を見た。
視線が絡む。
さっきとは少し目色が違う。
「佐藤子爵様、少しお尋ねいたします」
「はい、どうぞ」
「もしかして、王妃様と懇意になさってる佐藤子爵様ですか」
何を言いたいのだろう。
「懇意の意味合いが」
「三河にまで噂が聞こえて来るのです。
王妃様は幼年学校に通われている佐藤子爵様を、
殊の外、可愛がられていると」
噂は怖い。
正確には、扱き使われている、ではなかろうか。
先の騒動の際は王女・イヴ様の世話を丸投げされた。
今はパーティの女子達がイヴ様の遊び相手として召し出されている。
凄い報酬を貰えるので文句はないが・・・。
俺はセリナを優しく見た。
「色々と噂されてるようだけど、それがどうしたの」
セリナは真摯な目色で俺を見返した。
「是非とも王妃様に言上したき事があるのです」
「うーん、セリナの身分だと門前払いだね」
「分かっています。
ですから子爵様に縋りたいのです。
ここで会ったのも何かの縁。
どうかお助け下さい」両手を合わせて頭を下げた。
セリナが言い終えると、女騎士と男騎士も頭を深く下げた。
こうなると断り難い。
俺はカールに丸投げする事にした。
「紹介するよ。
うちの代官のカール細川男爵」
筋が読めたのか、カールが俺を一睨みし、セリナ達に挨拶した。
「どうも初めまして。
子爵様がご成人なさるまでの間、後見を務めるカール細川と申します」
互いの紹介を終えたので俺はカールに指示した。
「ねえカール、この方達の馬車で先に屋敷に戻ってくれるかい。
皆様は屋敷に泊まってもらう。
この臭いが染み付いてると拙いからメイド達に、
その辺りを注意して世話するように言って。
馬車もね」
「子爵様は・・・」
「遠くまで探知できるのは僕だけだろう。
解体が終わるまで警戒を担当してるよ。
それが終わったら戻るから、その間、皆様や屋敷を頼むよ」
「分かりました」
俺はセリナ達を見遣った。
「このカールの兄はポール細川子爵殿。
亡くなった国王陛下の最側近だった方だ。
今は王妃様の右腕。
面倒臭い事情があるなら、カールに何でも打ち明けて相談すればいい。
必ずや力になってくれるから」




