(三河大湿原)1
キャラバンが出立した。
偵察の二騎が先行し、間隔を空けてキャラバン本隊が続いた。
先頭に四騎、箱馬車、幌馬車、荷馬車、後尾にも四騎。
それぞれの馬車の馭者席には二人が座っており、全員で十六人。
俺は一両目の箱馬車の馭者席にいた。
父・アンソニーが隣に座り、俺の手綱捌き、鞭の使い方を見ていた。
今のところ何も注意されていないが、突き刺さる視線が痛い。
昨夜、夕食の席で父に言われた。
「冒険者だとキャラバンの仕事もある。
明日から十日ほど旅をしてみようか」
国都の幼年学校を受験してもよい、とは言われないが、
カールといい、キャラバンといい、色々と手配りしてくれる。
感謝、感謝だ。
でも、困惑もしていた。
こうまで間近で、マジマジと手元を見られるとは思わなかった。
手綱を持つ手に力が入る。
鞭を振るうにも力が入る。
幸いなのは馬車が野営の資材等しか積んでいないことだろう。
馬への負担が軽いので御し易い。
キャラバンが中央の集落を抜け、西の集落を抜け、街道へと向かう。
街道は昔の東海道だ。
今は途中で途絶えているので旧東海道。
事前に父に指示されていたのだろう。
キャラバンは途絶えている筈の東へ向かった。
「三河大湿原は聞いているか」父に尋ねられた。
「塾で習いました。そこで東海道が途絶えているそうですね」
「それを見に行く。往復で十日だ。
・・・。
手綱も鞭も力を抜け。肩の力も抜け。
尻も痛くないように工夫しろ。先は長い」
遣り取りが聞こえたのか、目の前の一騎が振り返った。
振り返った拍子に帽子の飾りの極楽鳥の羽が揺れた。
ケイトだ。
心配そうに俺を見た。
横のカールが振り返って笑顔を見せた。
戸倉村が尾張の最東端で、それより東に人は住んでいない、
だから街道の東方向は廃棄されたもの、と思っていた。
ところが街道には行き来している形跡があった。
雑草は生えていても、馬車の轍とか馬の蹄の跡がくっきり残っていた。
俺の視線に父が気付いた。
「大湿原に用事がある連中がいるんだ。
特に冒険者がな」それ以上は教えてくれなかった。
それでも大勢が行き来している訳ではなさそうだ。
真新しい雑草がのさばっていた。
整備の手が入っていないせいで凹凸も多い。
破棄されたのは間違いない。
そこをキャラバンがゆっくり進んだ。
残り二両の馬車の馭者席にも、子供と大人が組まされ座っていた。
一人はブレット、もう一人はデニス、俺と同じ九才。
いずれも父親と組まされて俺同様に困惑していた。
俺達は馭者役だけでなく野営も体験させられた。
当然ながら交替で夜番もだ。
「盗賊だけでなく獣、魔物にも注意しろ」
その夜番も父と組まされた。
父と向き合いで焚き火を囲み、交替まで外部の物音に耳を澄ませた。
幸い俺は探知スキルと鑑定スキル持ち。
二つを朝から稼働させ、連携で休みなく周囲を警戒していた。
今のところ、俺達に危害を加えそうな輩の接近はない。
ただ気になるのは魔素の濃度。
鑑定スキルでは、進むにつれて増していた。
三日目の野営地は広い空き地であった。
使用されているようで轍や焚き火跡が散見された。
北奥の藪を指し示しながら父が俺達子供に問う。
「五年ほど前だったか、村を盗賊団が襲っただろう。覚えているか」
「はい、村にとっては盗賊団様々でしたね」ブレットが顔を綻ばせた。
盗賊団を迎え撃ち、捕らえたことで村は思ってもいない収入を得た。
それを漁村開拓に投入したことで村は急拡張した。
「その時の盗賊団が根拠にしていた砦が藪の奥にある。見たいか」
「藤氏時代の砦跡ですよね。見たいです」デニスが顔を輝かせた。
大半の村人の先祖は藤氏時代から佐藤家の郎党であった。
そんな彼等にとって過ぎた年月は問題ではなかった。
藤氏時代は絶対的な存在。
栄華を極めた時代を今もって口伝で語り継ぐ家もあるほど。
ここの砦跡が藤氏時代の物と分かってからは年に数度、
有志で掃除するようになった。
翌朝、キャラバンの半数が砦跡に向かった。
藪の脇に回り込むと、整備された道が隠されていた。
以前は盗賊団が行き来した道も、今では村人が通う道になっていた。
途中で父が饒舌になった。
子供達を従えながら、盗賊団との一戦を面白可笑しく語る。
盗賊団を間近にして震えてしまった、と自分の不甲斐なさまで。
俺の脳内で警報音。
癒しのオルゴール。
探知スキルと鑑定スキルが連携で仕事をした。
「小型の魔物五匹を発見。接近中」
脳内モニターに黄色の点滅が五つ。
ゆっくり近付いて来る。
直ぐに鑑定スキルが答えを出した。
「パイア、Eクラスの魔物」
猪の種から枝分かれした魔物だ。
武器は牙。得意なのは突撃。
左前方から慎重に接近して来た。
不意打ちを喰らわせようとの意図が透けて見えた。
こちらは大人の数が少ない。
たったの四人で残りは俺達子供。
時間が惜しい。
俺は隣を歩くケイトが持つ短弓と矢筒を強引に奪い取った。
「えっ」ケイトが驚いた。
親切に答える暇はない。
「魔物だ」怒鳴った。
モニターで五匹それぞれをズームアップ。
狩りに慣れているようで物音を一切立てない。
木立の陰から陰へ移動しながら忍び寄って来た。
先頭を行く二人も気付いたようだ。
二人はカールと獣人。
経験から勘が鋭い冒険者と勘働きに優れた獣人。
二人は五匹が姿を現すよりも速かった。
それぞれ武器を構えて声を張り上げた。
「敵襲」
「固まって円陣を組め」




