(大乱)21
ウィル太田伯爵がアンドリュー熊谷伯爵に尋ねた。
「それで我等は予定通りでいいのかな」
「ええ、変更はありません。
予想では王家が軍を動かせるのは国葬を終えてから。
しかし春まで北陸道は雪で難所が多くなります。
これまでの経験からすると、
本格的な軍事行動は雪解けを待ってからになります。
もっとも、西国へ向けた討伐軍との兼ね合いもあり、
来るかどうか甚だしく不透明です。
まあ、それはそれとして、我等はこの地の足場を固めます。
感触が悪くて今回誘えなかった地方を占領します。
まず西を。
甲斐、駿河、遠江、三河、伊豆を平らげて頂きたい」
ウィルが確認した。
「侵攻路も当初通りで良いのかな」
「ええ、甲斐に入って頂き、駿河、遠江、三河、そして最後に伊豆。
五地方の寄親伯爵家の家族を無傷で捕らえ、
その地に駐屯している国軍へ引き渡して頂きます」
それら五つの地方の、伯爵の動向は把握済み。
彼等は今頃、中山道を馬車道中のはず。
木曽大樹海の魔物さえ刺激せねば国葬には参列できるだろう。
「駐屯地の国軍との調整は」
「承諾は得てあります。
味方はできないけど預かってくれるそうです」
「その連中が裏切らないと」
「大丈夫、篭絡済みです。
消極的に協力してくれるそうです」
国軍は本来、国軍総司令部の指揮下にあるが、
末端になると少し事情が違う。
人事に地方貴族が介入して来るのだ。
入隊した子弟を昇進させようと、地縁血縁に袖の下を絡める。
ウィルは肩を竦め、両手を小さく広げた。
「君は簡単に言うけど、連中の誰かが裏切らないという保証は。
駐屯地は五つ、その中の誰かが」
アンドリューは最後まで言わせない。
彼の指揮下の関東軍は五地方の駐屯地とは交流があり、
それぞれの指揮官の為人は解していた。
「質をとっても裏切る奴は裏切る。
そんな事を気にしていては白髪が増えますよ。
裏切りがあっても皆さんなら乗り切ってくださると信じています」
それまで黙っていたイドリス北条伯爵がアンドリューに尋ねた。
「五地方の内応者に関してだが、そちらも裏切る可能性は」
「ゼロとは申しません。
しかし、あの連中、今さら裏切りますか。
負債を抱えて、にっちもさっちも行かない筈です。
しかも借りた相手が悪かった。
国都の闇金業者です。
期日までに返済しないと大変な事になります。
あの連中は貴族が相手でも容赦なしですからね。
何人の貴族当主が被害に遭ったことか」
「あの連中か、噂は聞いた事がある」
「もしかして、借りてはいませんよね」
「ないない。
噂ではスラムの賭場絡みだよな」
「そうです。
鼻の下を伸ばしてスラムの娼館に通う内に、
賭場にも入り浸りになったというありふれた話です」
「結局、いかさま賭博に引っ掛かったという訳か。
確かによく聞く話だ」
アンセル千葉伯爵が問う。
「下野、常陸、上総、安房の四地方は」
「殊更急ぐ必要はありません。
我らが西の五地方を押さえたと知れば、自然とこちらに靡きます。
・・・。
それでは方々、宜しくお願いします。
万一の際は急報して下さい。
関東軍を差し向けます」
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