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異世界ブギウギ。  作者: 渡良瀬ワタル
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(大乱)20

 仕事に飽いたのか、トム上杉侯爵が手を止めた。

メイドに熱いコーヒーを要求し、ウィル太田に目を向けた。

「なあ兄弟、この書類の山を見てくれ。

この山を。

忙し過ぎて最近は子供の顔を見ていない。

夜遊びもできない。

これでは兵を挙げる暇なんてないぞ」

 コーヒーを飲んでいたウィルは咽た。

手慣れた感じで執事が後ろからハンカチを差し出した。

そのハンカチで口元を拭いてウィルは抗議した。

「まったく兄貴はもう、開始されてるんだよ。

関係各所に通達済みで引き返せないんだよ」

 ウィルはトムの実弟。

上杉侯爵家から男子のいない太田伯爵家へ婿養子入りしていた。

トムは手元に運ばれて来たコーヒーカップを持ち上げた。

「いい香りだ。

俺を王にすると言うが、王になったらこの書類の山から逃れられるのか。

なあ兄弟、教えてくれよ。

約束してくれよ」

「秘書の数を増やせばいいだろう。

宮廷貴族という文官もいるし、何とでもなるだろう」


 見兼ねたのか、侯爵の執事がウィルに言う。

「大丈夫でございます。

文官については心当たりがあります。

今回の騒ぎで潰された家の文官を雇えばよろしいかと」

 代わりにウィルの執事が応じた。

「ほほう、そういう手がありましたか。

勉強になります。

当家でも雇いますかな」

 トムが釘を刺した。

「俺の余りで我慢しろ。

必ず回してやるから」

「はい、楽しみにしております」


 ウィルが真顔になった。

「兄貴、俺を恨んでるか」

「今さらか。

お前には唆されたが、脅かされた訳じゃない。

考えて決断したのは俺だ。

もう始まってる。

余計な事は考えるんじゃない」

「王家への通告は誰が」

「やらん。

そこまで親切にする事はないだろう」

「分かった。

粛々と進める」

「おう兄弟、頼りにしてるぞ」


 相模地方を発した軍勢があった。

寄親・イドリス北条伯爵家軍二千、

常設の相模地方軍二千。

計四千を率いて伯爵は北上した。


 下総地方を発した軍勢もあった。

寄親・アンセル千葉伯爵家軍二千。

常設の下総地方軍二千。

計四千を率いて伯爵は西に向かった。


 二つの軍勢が到着したのは武蔵地方にある関東代官所。

代官所の係員に本館の隣の広大な草地へ案内された。

指定された箇所が野営地であった。

離れた箇所にもう一つの軍勢の姿も見られた。

地元、武蔵地方の太田伯爵家軍三千、武蔵地方軍三千、計六千。

彼等は既に設営を終えていた。


 三つの軍の首脳が代官所の門を潜った。

通されたのは大会議室。

ウィルが仕切った。

「名札の席に座ってくれ」

 伯爵三名にその執事三名。

各伯爵家軍司令官三名、副官三名、参謀三名。

各地方軍司令官三名、副官三名、参謀三名。

全員が腰を下ろした頃合いに続き部屋が開いた。

メイド達が出てきて、テキパキとお茶を配って行く。


 大会議室が和んでいると新たな入場者があった。

代官とその執事。

代官所管轄下の関東軍司令官と副官。

副司令官と副官。

参謀と副官。

彼等にもお茶が配られた。

 

 お茶を飲み終えたトム上杉侯爵が立ち上がった。

すると、合わせるように残りの者達も立ち上がった。

トムが口を開いた。

「同士諸君、王家の為にありがとう。

代々のご先祖様に成り代わって厚く感謝いたす。

本当にありがとう」

 ありがとうとは口にするが、頭は下げない。

全員を、それがさも当然のように見回しただけ。

満足げに頷くと、腰を下ろすように指示した。

 トムに代わり、関東軍司令官が立ち上がった。

アンドリュー熊谷伯爵。

元は武蔵地方の寄子・熊谷男爵家の三男。

平民に落とされるのを嫌い幼年学校に入学した。

士官学校を経て国軍に入隊。

その国軍で実績を重ねて順調に出世した。

そこをトムに見出された。

説かれて関東軍に転籍したのが五年前。

地元出身の強味である人脈を活かし、二年で司令官の座に収まった。

そのアンドリューが室内の全員を見回した。

「私は皆さんがご存知のように無駄が嫌いです。

言葉を飾る趣味は持っておりません。

単刀直入に申します。

まず、おはよう」

 

 一人を除いて全く受けなかった。

トムが声を殺して、「プッ、ククック」と笑っているだけ。

他は引いた。

彼の幕僚達ですらそう。

伴って室温も急激に下がった。

 現実に戻ったのはメイドの粗相のお陰。

お茶の入れ替えをしていたメイドが、

アンドリューの発言で持っていた湯呑を取り落としたのだ。

「ガチャーン」

 

 当のアンドリューは澄ましたもの。

どこ吹く風といったような風情でメイドを見た。

「そこのメイドさん、いけませんね。

湯呑を落としちゃいましたね。

ちゃんと後始末を頼みますよ」優しい声音。

 メイドはペコペコ謝り、駆け付けた同僚達の手を借りて後始末した。

それを見送ったアンドリューは再び全員を見回した。

「兵は拙速を尊ぶと申します。

最前線になるであろうと思われる二つの地方では、既に動いております。

まず上野地方。

寄親のジェイソン宇都宮伯爵家軍が上野の掌握と、

道路閉鎖を開始しました。

ついで信濃地方。

こちらも寄親のテリー小笠原伯爵家軍が信濃掌握と、

道路閉鎖を開始しました」

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