(大乱)3
俺は屋敷の内庭で寛いでいた。
鯉が放たれた池に面した四阿のベンチに腰を下ろし、
濃いミルクティが注がれたカップを片手に、ほっと一息ついた。
俺の膝の上のイヴ様もカップを片手に、ほっと一息ついた。
朝一番にイヴ様に隠れん坊の鬼に指名され、やっと今、
解放されたばかり。
汗、汗、汗。
子供の相手がこんなに疲れるとは・・・、父や母、いや違う。
村の我が家のメイド達に大感謝だ。
俺は空になったカップをテーブルに戻した。
竹籠のビスケットを二本指で摘まむ。
イヴ様も俺を真似た。
背筋を伸ばし、さらに手を伸ばしてカップを戻し、
ビスケットを二本指で無理して摘まむ。
摘まんだ。
口に運ぼうとして落とした。
俺の膝に。
怒った。
「うきゃー、にゃ~ん」
「うん、これを食べるかい」
俺は摘まんだビスケットを彼女の口に持っていった。
ところが彼女は口を開けない。
俺を無視し、竹籠のビスケットに再度挑もうと手を伸ばした。
その様子を彼女付の侍女三名が微笑ましそうに見守っていた。
遠く、遥か高々度に微かな魔波を感じ取った。
それが高速で国都上空に急接近して来た。
近付くに従い、何者か分かった。
識別し易い魔波。
エビスゼロとエビス一号だ。
屋敷の真上で二機が停止した。
人目に触れぬ高々度だ。
アリスの第一声、念話が届いた。
『ダン、何時の間に子供を作ったの』
『パー、子供、子供ピー』ハッピーは相変わらずだ。
姦しい二人に事情を説明した。
かくかくしかじかと。
『そういう訳なんだけど、二人の用事は済んだのかい』
『粗方ね。
それでお土産を持ち帰ったわ』
『お土産、怖いな』
『怖くないわよ。
部屋にいるから、子守が終わったら戻ってきなさい。
お土産を見せてあげる。
たぶん、喜ぶと思うけど』
高々度にいた二機が姿を消した。
転移。
俺の自室に転移したに違いない。
俺は侍女達にハンドサインを送った。
急用ができた、イヴ様の子守終了と。
それを見て、侍女の一人が前に出て来た。
「イヴ様、そろそろお昼寝の時間です」
「もうなの」
「ええ、よく寝ませんと、大きくなれませんよ」
「わかったの」
イヴ様は不承不承ながら、俺の膝の上で立ち上がった。
それを俺は文字通りにお姫様抱っこ、そのまま侍女に手渡しした。
「にゃん、またね」
俺は三階の自室に戻った。
ベッドの上でアリスとハッピーが結界を敷いて、何やら騒いでいた。
楽しそうで何より。
俺に気付いたアリスがベッドに手招きした。
『これを見なさいよ』
収納庫から二つ取り出した。
見るからにダンジョンコアの小型版。
本体が母体なら、これは子供。
幼年学校に設置してある型と同じだ。
『子供コアだよね。
それも二つ、どうしたんだい』
『頼んだら産んでくれたのよ』
『頼んだらね・・・』
『一つは私が使うわ。
ペリローズの森と繋ぎたいの。
常時接続にすれば、妖精狩りに遭うこともなくなるわ』
『それで』
『オープンする予定だったダンジョンを妖精専用にするの。
そこで軟弱になった妖精達を鍛える』
『軟弱になったね・・・、あの長老様は』
『あれはもう老害ね。
話すだけ無駄だわ』
アリスが長々と説明した。
『私達は森の生態系を正常な形で維持する役目があるの。
例えば今回のワイバーン騒ぎ。
あれが出来する前にワイバーンを間引くのが役目なのよ。
適切な数、間引いていればキングもクイーンも生まれなかったわ。
ところが老害にそれは出来なかった。
・・・。
まあ、老害一人の責任じゃないわ。
森の妖精自体の力が弱まっているのよね。
結構な数の妖精が森から抜け出しているみたいだから、
仕方ないのかもしれないわ』
抜け出した妖精の一人がそう言うのだから説得力が半端ない。
『で、どうするの』
『妖精個々の技量が落ちているみたいだから、国都観光を餌に、
ダンジョンで鍛えるのよ。
そうすれば妖精の戦力がアップするし、
森から抜け出る奴も少なくなると思うのよね』
『話は分かった。
アリスに任せるよ、長老も含めてね。
それでもう一つは』
子供コアは二つあった。
一つの行く先はペリローズの森と決まった。
長老が許可すればだが・・・。
アリスが得意げに言う。
『もう一つはダンにあげるわ。
木曽に行く機会があれば、そちらに設置しなさいよ』
『いいのかい』
『いいのよ。
私の心は広いのよ、感謝なさい。
・・・。
ところでだけど、困ってるみたいね。
私とハッピーで手伝ってあげましょうか』
ハッピーが参戦して来た。
『ポー、手伝う、手伝わせてプー』
『人間の騒ぎにかい』
『そうよ、王女様を助けたいのでしょう』
『ピー、イヴ様、イヴプー』
俺は考えた末に断った。
『たぶん、助けが無駄になるから関わらない方がいい』
『無駄になるの・・・』
『僕を含め、人間は愚かだから、どうにもならない。
戦死者の上に戦死者を重ねた末に平和になるのなら良い。
けれど、新たに生まれた連中が、新たな争いの種を育み、
新たな火蓋を切って落とす。
これを永遠に繰り返す。
それが人間という永久機関。
種の違う妖精が関わる必要はないよ』
『なんとなく分かるわ。
でも、ダン、貴方も人間でしょう。
どうするの、関わるんでしょう』
『僕の手の届く範囲で』
『手の届く範囲・・・』
『眷属に似た者という意味だよ。
家族、友人、家臣、領民、それに頼って来る者。
・・・。
僕の手は小さいから、その他大勢までは抱えきれない』




