(ギター)10
鶏が夜明けを告げた。
それを合図に各集落の鶏が鳴き騒ぐ。
毎朝のことだが慣れない。五月蠅い。
人も起き始めた。
長屋に住む者達だ。
カールは起き上がると身支度を調えて井戸端に急いだ。
長屋住まいの男達が次々に起きて来た。
挨拶を交わし、順番で手早く水を汲み上げて顔を洗い、口を濯いだ。
カールは佐藤家の長屋に住んでいた。
井戸の右に所帯持ちの長屋、左に独り者の長屋。
大勢の男女が佐藤家に仕えているので、朝から井戸端は忙しない。
男達から始まり、女達、最後には幼い子供達が出て来る。
カールは屋敷の中央の広場に向かった。
途中で当番の者に槍を手渡された。
長屋の男達は雑兵も兼ねていたので、槍の稽古を日課にしていた。
全員が揃うと正面に立つアンソニー佐藤の掛け声で稽古が始まった。
当初、カールは甘く見ていた。
軽く身体を動かすだけ、と。
ところが違った。
本格的に身体を練っていた。
同僚の話では、領都にある屋敷の足軽達と同じ稽古らしい。
日中の仕事に差し障ると思うが、当主は手加減しない。
少しでも手を抜こうものなら、怒号が飛んで来る。
カールにとっては願ってもない稽古であった。
かつては国軍の大尉、今は冒険者。
これで賃金が貰えるとは嬉しい限り。
一汗かいたところで視線を件のダンタルニャンに目を転じた。
いつものように彼は児童組の一人として最前列にいた。
白銀の頭髪だけでなく、九才にしては身体が大きいので目立つ。
横に太くはないが、縦に伸びていて、児童というよりは少年。
後ろからだと十四、五才に見えなくもないが、手にする槍だけは短い。
年相応に短槍を持たされていた。
カールはダンタルニャンの槍捌きに当初から瞠目していた。
経験豊かな大人達を尻目に、目にも留まらぬ早さで槍を繰り出す。
横に払う。
上から振り下ろす。
槍の短さを手足の長さで補い、自在に動かす様は、
まるで舞踊みたいで見惚れてしまった。
足りないのは力強さだけなのだが、
それを今の段階で児童に求めるのは酷というもの。
カールは頭が痛い。
そういう子供を今日の午後から指導することになったからだ。
カールは午前中の事務仕事を終えると、
ダンタルニャンが学ぶ塾へ向かった。
授業は基本、午前中だけで、昼食を終えると下校した。
長屋に住む子供達から彼の行動パターンを仕入れていた。
守り役のケイトの目を盗み、抜け出しては、何が楽しいのか、
山や原っぱを駆け回っているらしい。
塾の傍にケイトの姿があった。
本来なら十一才なので塾に通う必要はないのだが、
守り役ということで留年を余儀なくされていた。
その彼女がパンを片手に、こそこそ動き回っていた。
最後に塾の裏に回り、木立に隠れた。
どうやら待ち伏せ。
カールは反対に表の民家の陰に隠れた。
しばらくするとダンタルニャンが表に現れた。
こちらも片手にパン。
左右を見回す。
ケイトを警戒しているのだろう。
やはり子供。
姿がないのを確認すると駆け出した。
東に向かう。
分村の漁村の方向だ。
漁村だとすると子供の足では遠すぎる。
たぶん、手前の山だろう。
カールは相手は子供と甘くみた。
大人の余裕で少し距離を空けて追いかけた。
ところが一向に距離が縮まらない。
ダンタルニャンに気付かれた様子はない。
一度も振り返らないのだ。
真っ直ぐ前だけ向いて駆けて行く。
疲れたと思った時、別の足音が聞こえてきた。
ヒタヒタと背後から迫って来た。
軽快な足音。
誰だか予想がついた。
次第に差が縮められた。
並ばれた。
やはりケイトだ。
彼女に一瞬、睨まれた。
そのまま何も言わずに追い越して行く。
ぐいぐいダンタルニャンの背中に迫るが、森に逃げ込まれてしまった。
それでもケイトは足を緩めない。
追いかけて行く。
カールは森の入り口で諦めた。
手頃な切り株に、ドッと腰を落とした。
今にも足が痙攣しそう。
慌てて脹ら脛を揉みほぐす。
額から汗が垂れ落ちてくるが、拭う余力はない。
呼吸が落ち着いたころケイトが戻って来た。
悔しそうな顔で歩み寄って来た。
「もしかして、カールさんね」
「もしかしなくても、カールだけど」
ケイトは両手を腰に当て、カールを睨むように見た。
「どうして捕まえなかったの」
「訳を知っているのかい」
「聞いているわ。
どうして捕まえなかったの。
表で見張っていたのなら、捕まえられたでしょうよ。
役立たずね」
十一才の子供に怒られてしまった。