(大乱)2
俺は疲れていたらしい。
メイドのドリスの声で起こされた。
「おはようございます、ダンタルニャン様」
ドリスが入室して来た。
返事も待たずに窓を開けた。
「天気のいい朝ですよ」
振り向いて俺の顔を覗き込む。
「随分とお疲れの様ですが、大丈夫ですか」
俺は上半身を起こした。
目を擦りながら応じた。
「おはよう。
・・・。
子供には酷な一日だったから、もうクタクタ。
身体より、精神がね。
ところでお客様方の様子は」
「イヴ様もお疲れの様でまだご就寝なされています。
他の方々は、侍女の皆様は起きられてイヴ様待ちの状態です。
騎士の方々は内庭で鍛錬されています」
俺は改めてドリスに尋ねた。
「ねえドリス。
昨日も説明したけど、今回の件、正直にどう思う」
俺は昨日、帰邸するや屋敷の者達を全員集め、
王宮で起きている騒動を説明し、預かったイヴ達を紹介した。
ドリスは極めて明るい表情をした。
「何も問題はありません。
私達使用人は主に従うのみです」
「こんな子供だよ」
ドリスは首を傾げた。
「子供・・・。
どうもダンタルニャン様はご自分をご存知でないようですね。
・・・。
子爵様はどこからどう見ても子供の姿ですが、
私共はそうは考えていません。
そこいらの貴族様よりも一段上と思っております。
変な謙遜などせずにドンと構えて、命令でも指示でもなさってください」
ドリスが姿勢を正して一礼し、ニッコリ笑う。
身支度を整えた俺は階下の執務室に入った。
デスクには書類が区分けされて整然と置かれていた。
大まかには二つ。
子爵の決裁を必要とするもの。
執事のダンカンの決裁で済むもの。
俺は自分のものに取り掛かった。
ほとんどは領地からの申請書と報告書だ。
カールの筆跡もあれば、代筆でイライラザのものも。
読んで、考察。
納得すればサイン。
分からないものは執事に丸投げ。
ドアをノックして執事・ダンカンが屋敷警備担当・ウィリアムと、
メイド長・バーバラを伴って、思案顔で入室して来た。
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう」
ダンカンがデスクの前に立ち、その一歩後ろにはウィリアムとバーバラ。
三人の表情からして良い知らせではなさそうだ。
ダンカンが口を開いた。
「全ての書状の発送が終わりました」
俺は昨日の一件の概要をしたためた書状を七通、
昨夜のうちにダンカンに預けて、急いで発送する様に指示していた。
ポール細川子爵邸の執事・ブライアン宛て。
幼年学校の寮住まいのパーティ仲間・シェリル京極宛て。
木曽の領地の代官・カール細川宛て。
尾張の実家・佐藤家宛て。
加えて国王の味方をするであろうと思われる三家へも。
管領・ボルビン佐々木公爵邸の執事宛て。
評定衆の三好家と毛利家の執事宛て。
「どこからか返事があったのかい」
「はい、ポール細川子爵邸より」
「よくない知らせのようだね」
「はい、早朝、口頭の報告が来ました。
子爵様、未だ戻らず、と」
ウィリアムが一歩前に出た。
「ご指示の通り、平民の恰好をさせた兵を関係各所に走らせました」
「それで、どうなってるの」
「昨夜遅く、南門と北門が陥落しました。
現在、南門にはカーティス北畠の家紋を掲げた軍勢。
北門にはバーナード今川の家紋を掲げた軍勢」
「兵数は」
「それぞれ百から二百が門を守っています」
「少ないな。
王宮の占拠が進まないのか」
「おそらく・・・。
王妃様が抵抗なさっているのでしょう。
王宮奥からの喊声が未だ途絶えておりません」
「他の軍勢の様子は」
「各区画の貴族邸が騒がしい事から、軍備を整えていると思われます」
「表に出た軍勢は」
「今のところ有りません。
念の為、有力諸侯の屋敷を見張らせています。
・・・。
ですが・・・」懸念の表情を浮かべた。
俺は首を傾げた。
「どうしたの」
「外に出した兵が多いので、この屋敷の備えが万全ではありません。
ですので、勝手ではありますが、
私の一存で冒険者ギルドと傭兵ギルドに声をかけました」
「そうか、そうだよね、屋敷が手薄になるよね。
ウィリアム、君の判断が正しい、ありがとう」
「いいえ、そんな」
「これからも僕の足りないところを遠慮なく補ってくれよ」
「はい。
それで子爵様はこれからどう動かれますか」
「僕はイヴ様の騎士を拝命した。
これは重い」
重臣の三人が互いの顔を見遣る。
そして頷き合う。
代表してダンカンが口を開いた。
「我等は子爵様の判断に従います」
三人が踵を揃えて一礼した。
最後のバーバラが困り顔で言う。
「イヴ様がお目覚めです。
にゃんはどこにいるの、とお探しです」




