(王宮の地下)10
肩車しているイヴ様がキャッキャ、キャッキャ笑った。
大いに喜んでいただけた。
それだけで俺は満足だ。
と、異な魔力を感じた。
これは・・・、攻撃魔法ではないか。
それが何発も連続して放たれている。
今なぜ・・・、何が・・・。
方向は俺達がさっきまでいた場所だ。
ベティ王妃達がいる場所。
俺は慌てて鑑定と探知を連携させた。
場所も攻撃魔法も間違いではなかった。
斬り合いも発生していた。
目の前でワイバーンの解体に従事していた騎士の一人が手を止め、
俺達の背後に目を遣った。
「全員その手を止めろ」
別の騎士もその声で起きている事に気付いた。
同じ方向に視線を向けた。
「これは攻撃魔法に防御魔法の波動だな」
微かだった音も次第に大きくなってきた。
魔法の破裂音。
そして剣戟。
怒鳴り声や悲鳴。
指揮官らしいのが声を上げた。
「総員、戦闘準備せよ」
一斉に了解の声。
全員が作業を止め、手を水洗いすると、
武具が置いてある方へ駆けて行く。
「イヴ、イヴはどこですか」
ベティ王妃の声が聞こえた。
俺は驚いた。
血相を変えた一団がこちらに向かって駆けて来るのだ。
先頭は顔を強張らせた王妃。
その後ろには侍女と女性騎士がわらわらと続いていた。
俺はイヴ様を下ろして、片膝ついた。
目の前で王妃の足が止まった。
「イヴ、無事で安心したわ」王妃がイヴ様を抱き上げた。
「おかあしゃま」甘える声。
「お母さまは忙しいから、にゃんと仲良くしてなさい」
「はい、にゃんとなかよく、してます」
王妃はイヴ様に頬擦りすると、名残惜しいそうに俺の前に下ろした。
「にゃん、イヴを頼むわね」
俺は伸ばされたイヴの小さな手を握った。
「はい、承知しました」
ベティ王妃の視線が俺から右に向けられた。
そこにはワイバーンを解体していた騎士達が整列して、片膝ついていた。
さらに後方には騎士見習いの従士達も同様に片膝ついていた。
合わせると百名近い。
彼等にベテイが声をかけた。
「ご苦労様。
解体の途中で悪いのだけど、これから戦いよ」
一人だけ前に出ているのが指揮官なのだろう。
口を開いた。
「戦いが我らの本分です。
如何様にも御下命ください」
王妃が悔しそうに言う。
「カーティス北畠公爵が謀反しました。
これにバーナード今川公爵が加わっています」
「陛下の御兄弟ではありませんか」
王妃が目を吊り上げた。
「その北畠が自らの手で陛下に攻撃魔法を放ったのです」
「陛下はご無事ですか」
「分からないわ。
北畠側が側近衆を討ち払って陛下を確保したから」
「そうですか。
現状は如何なっています」
「北畠が陛下を倒したのを機に今川方が参戦、
周りにいた側近や評定衆を攻撃してるの。
方々が応戦してるけど、初手で大勢が倒されたのが痛いわね。
次々に倒されて、こちらはジリ貧よ」
「承知いたしました。
我等はこれより北畠や今川の排除に向かいます。
その二家だけで宜しいのですね」
近衛の騎士と従士の一隊が一斉に駆けて行く。
それを見送ったベティ王妃が俺に目をくれた。
「という訳なのよ。
どう転ぶか分からないから、イヴは王宮には置いておけないの。
ダンタルニャン佐藤子爵、お願いを聞いてくれるかな」
「なんなりと。
子供ですから限界はありますが」
「難しい事ではないわ。
イヴの騎士になって欲しいの」
難しい話を持ち掛けられた。
通常は王族警護の騎士は近衛から選抜される。
でも今は・・・。
北畠が裏切った。
今川も裏切った。
その二家の手が近衛に伸びている可能性、無きにしも非ず。
あらゆる事態を想定すると、真っ白なのは子供の俺だけ。
「承知いたしました」
「騎士や侍女をつけるから急いで王宮から去りなさい。
状況が好転するまでイヴを頼むわよ」
「はい」
ベティ王妃はイヴとの別れを終えると、
侍女三名と女性騎士四名を俺の手元に残してくれた。
「それじゃ頼むわよ」
俺にそう言うと己が手元に残した女性騎士を振り向いた。
二名。
「行くわよ」
「承知」
「承知」
二名が抜剣した。
女性騎士通常装備のレイピア。
王妃は無腰。
それでも何の躊躇いもなく軽快な走りで死地へと赴いた。
俺はイヴを抱きかかえた。
これが本当のお姫様抱っこ。
「イヴ様、走りますね」
「まかせまちゅ」
露払いの様に女性騎士二名が先頭を走る。
そしてイヴ様を抱きかかえた俺。
続いて侍女三名。
しんがりは女性騎士二名。
未だ残る瓦礫を迂回しながら手近の門を目指した。




