(王宮の地下)8
俺は穴の出入りの邪魔にならぬように、少し離れた所に腰を移した。
大きな瓦礫に腰を下ろし、流れを他人事の様に眺めた。
貴族とは言えまだ成人前の児童。
子供が出しゃばる場面ではない。
ローブの裾がクイクイと引っ張られた。
弱々しい引きだ。
ゆっくり首を回した。
俺を見てニコリと笑う幼女。
「あそぼう」
初対面だが、自己紹介がなくても誰かは分かった。
王女のイヴ様だ。
さきほどまでは王妃の腕の中にいたはずなのに。
「あそぼう、・・・だめなの」
イヴの後ろの侍女が苦笑いで俺に軽く会釈した。
遊び相手をしろという顔。
俺は王妃を探した。
彼女は穴の出入りをジッと見守っていて、
とても声がかけられる雰囲気ではない。
俺はイヴ様に臣下としての礼を省略し、両膝を地につけて、
視線を同じ高さにした。
「これはこれはイヴ様。
どのような遊びをいたしましょうか」
パッとイヴの顔が輝いた。
俺の両肩に手を置いて言う。
「まかせましゅ」
「お任せを」
俺は立ち上がると、まず身体強化した。
相手が王女なので、万一に備えた。
それからイヴの腰を両手で優しく掴み、持ち上げ、
空中でクルリと反転させて肩車した。
途端、イヴ様の声が爆発した。
「キャー、ハッハッハ」大喜び。
俺の頭を平手でバンバン叩き、髪をワシャワシャかきむしる。
王女様のお相手の仕方は知らなかったが、これが大正解なのだろう。
たぶん。
侍女が尋ねた。
「イヴ様、どうですか」
「おもしろい、おもしろいでしゅ」
「良かったですわね」
侍女が俺に目礼した。
俺は頷き返し、イヴに尋ねた。
「どちらに向かいましょうか」
「わいばーんがみたいでしゅ」
「今までに見た事は」
「みたことないの。
だからみたいでしゅ」
穴の出入りを見ていた王妃だが、
一方では娘にも気を配っていたらしい。
離れていた所から俺を声をかけて来た。
「佐藤子爵、すみませんが、娘を頼みます」
俺は肩車しているので、下手な動きは出来ない。
その姿勢のまま、踵を合わせて返事した。
「お任せを」
これが正解かどうかは知らない。
俺と王妃の遣り取りを聞いていた女性騎士が歩み寄って来た。
「護衛につきます」
「有難うございます。
それではお尋ねします。
王女様がワイバーンをご覧なさりたいそうです。
どちらに行けば見られますか」
女性騎士はイヴと侍女を見た。
「そういう事なら、先導しましょう」
髪をクイクイと引っ張られた。
「わたしはイヴ。
あなたのなまえは」
引っ張り続けられると禿げちゃう。
「ダンタルニャン佐藤子爵です」
「だんたる、にゃん、さとう、ししゃく。
だんたる、にゃん、さとう、ししゃく」
一気に言えない。
名前が長いのか。
俺が悪いのか、
俺の責任なのか。
「だんたる、にゃん、さとう、ししゃく。
だんたにゃーん、さとうしゃく。
・・・。
にゃんでいいでしゅね」
一番言い易い、にゃんに落ち着いた。
「はい、にゃんで」
好きにさせよう。
幼児なんだから、こんなものだろう。
「にゃん、はしる」
俺は馬の様に走らされた。
騎手は幼児。
髪を手綱のように引っ張られて、走らされた。
幼児の力とは言え、痛い、痛い。
でも幼児相手に弱音は吐けない。
先導の女性騎士を追い越した。
女性騎士が状況を読んだ。
慌てて、俺を追い抜いた。
「私について来て下さい」笑いが籠っていた。
「落とさないで下さいね」侍女も笑っている。
ワイバーンが集められた一角に到着した。
王宮区画の庭園だ。
ここも瓦礫が散見されるが、それは周辺だけ。
中心部になると緑で一杯。
その芝地で騎士達がワイバーンの解体を行っていた。
騎士というより、これは料理人だな。
騎士の装いの男達が大きな包丁を片手に、肉片に取り組んでいた。
巧みに切り分け、内臓を取り除き、部位を選り分けていた。
食用、衣服用、薬用、鍛冶用等。
中でも特に丁寧に処理されたのが外皮。
傷付けぬ様に慎重に、慎重に包丁を滑らせて行く。
もう三日目なので完全体のワイバーンの残りは少ない。
白骨ですら残っていない。
イヴが喜びの声を上げた。
「きゃー。
にゃん、おそってこないでしゅか」
それは日陰にあった。
腐らない様に氷漬けされたワイバーンが三体。
こちらを睨んでいるかの様。
生きているみたいで迫力満点。
「イヴ様がお利口様なら襲っては来ません」
「イヴはおりこう、だよね。
ちかくでみたい」
「はい、それでは参りましょう」
氷漬けされたワイバーンの前に立った。
イヴ様に尋ねた。
「下りて触りますか」
「いやでしゅ。
にゃん、ちかづいて」
言われて、俺は氷漬けの前に歩み寄った。
「もっとまえ」
イヴ様が小さな手を伸ばした。
触れない。
「もっとまえ」
顔面スレスレまで最接近した。
イヴ様が手を伸ばした。
「ちゅべたい」喜んだ。
俺って・・・。
肩車しているイヴ様が氷をペチペチして大喜び。
そのペチペチの度に、俺の顔に水滴が飛んで来る。




