(ギター)9
アンソニー佐藤は執務室で書類の山と格闘していた。
村が大きくなった為に人材不足は深刻で、
全ての案件書類が最後には彼の机に山積みされた。
中古漁船の買い付け価格、石材の売却価格、干し肉の売却価格、
今期製造する馬車の台数から新たな開拓者募集の案件等々。
これでは領都で武家の椅子を温めている暇がない。
ドアをノックしてカールが入って来た。
領都の冒険者ギルドから紹介された期間限定雇用の冒険者だ。
商人ギルドから事務仕事に慣れた人材を雇おうとしたが、
戸倉村が僻地であることから応募して来る者がなかった。
しかたなく妥協して事務仕事が出来る冒険者に切り替えた。
その一人が彼だ。
「お呼びと聞きました」
事務仕事も出来るが何より人柄が良い。
短期間で屋敷や村の者達に馴染んだ。
あとは仕事に慣れてくれれば文句はない。
顔を上げてカールにソファーを指し示した。
「立っていては話し難い。腰を下ろしてくれ」
カールがソファーに腰を下ろしたタイミングで、
メイドがトレイに珈琲二人分を載せて入って来た。
屋敷一番の若手で背がスラッと伸びていて、所作が美しい。
メイドはニコリともせず、珈琲を二人の前に置くと余計な口は利かず、
軽く頭を下げて退出した。
それをカールは眩しそうに見送った。
彼はもうじき三十路なのだが、まだ独り者。
婚約者はいないそうだ。
アンソニーは珈琲にはミルクは入れない。
砂糖だけを足した。
掻き混ぜてカールの手元を見た。
彼は砂糖もミルクもタップリ入れていた。
ダンタルニャンの進路に悩んでいたら、
カールが国都の幼年学校卒業生である事を思い出した。
水が合わないからと国軍武官を辞めて冒険者に転じた男だ。
武官としての最終階級は大尉で現在はCランクの冒険者。
当然だが冒険者なので日当は高い。
事務仕事だけだと色んな意味でもったいない。
期間限定雇用なので目を瞑っていたが、
降って湧いたようにダンタルニャンの問題が発生した。
そこでカールを思い出し、相談することにした。
領都と違い、国都の幼年学校は狭い門。
全国から大勢の優秀な子供達が、
近衛軍や国軍の武官、省庁の文官を目指して受験しに来る。
受験するのは貴族の子弟だけとは限らない。
謳い文句が、「津々浦々から人材を求める」なので、
優秀なら庶民、獣人も受け入れていた。
だが実情は違う。
羽振りのいい大貴族や大商人に有利であった。
金に糸目をつけずに受験対策が出来るからだ。
実際、庶民や獣人の合格率は低い。
アンソニーはカールに事情を説明した。
息子が国都の幼年学校に入りたい、と言う。
それも言うに事欠いて、冒険者になるため、だと。
盆地にある学校で学びながら、周囲の山で魔物を狩りたい、とも。
そして問題点も。
「村でも子供達を教育している。
読み書き算盤は言うに及ばず、
主立った家の子には武芸の稽古も付けている。
短剣、短槍、短弓、格闘術。それに馬術。
ただ指導する時間が限られているので、
貴族の子等に比べると見劣りするかも知れない。
それを承知で聞く。
受かる可能性があるだろうか」
カールは考えてから口を開いた。
「私の時代の経験から言わせてもらいます。
試験成績だけで入学させた、とは限らないようです。
同期生を振り返ってみると、極端に座学に弱い者達がいました。
実技に弱い者達もいました。
性格の悪い奴も。
当時は、あんな奴が合格したのか、こんな奴も合格したのか、
と不思議でよく頭を捻ったものです。
それでも連中がしぶとく耐えて卒業すると、
当然のように武官や文官に任命されました。
・・・。
どうやら合格枠に、一芸に秀でた者とか、伸びしろの有る者とか、
色々とあったようですね」
アンソニーは彼の言葉を吟味した。
国として人材を雇用するのであれば、それも有りかも知れない。
考えてみれば単純に武官文官の二つで割り切れるものではない。
武官一つにしても職種は多岐に渡っているので、
それぞれに専門性が求められても不思議ではない。
「受かる可能性があるようだね。
・・・。
なら頼みたい。
午後の仕事は息子の面倒をみてくれないか」
「私は構いませんが、失礼を承知で言わせてもらいます。
かなりの腕白と聞いています。
あの息子さんが私の指導に従いますかね」
アンソニーは苦笑い。
「そこはそれ。
君は本来は冒険者なんだろう。
あれを小さな魔物と思えば造作ないだろう」
「あの方は逃げ足が速いそうです。
私で追いつけますかね」
「君はここを終えたら冒険者に戻るのだろう。
だったら今の内に足腰を鍛えておいても損にはならない。
そうだろう、違うかね」
「つまり捕まえる事から始めろ、と」
「あれは注意すると、その場では素直に謝るが、朝になると忘れてる。
計算してるようにも見えるが、・・・。
末っ子だから大目に見て、一種の病気と思って許してる。
・・・。
頼むよ」