(王宮の地下)2
地下水路は拡張に次ぐ拡張で、迷路になっていた。
それでも武装した一団は一度も迷わなかった。
事前に渡された地図のお陰で無事に目的地に着いた。
行き止まり。
彼等は歴戦の傭兵団。
血を流すのが職業。
戦場で命を散らすのは厭わない。
でも今回は水路の悪臭の中を進んだ為、珍しく疲弊していた。
特に鼻が。
厚手の布切れで鼻と口を覆っていたのだが、
それでも全員が言葉少ない有様。
無駄口を叩く奴は一人としていなかった。
斥候が魔道具の【携行灯】で地図を照らした。
「この地図によると、ここです」
団長が地図と辺りを見比べた。
「たしかに」頷き、後ろに続く団員を振り返り、
「探知と鑑定持ちは来い」呼び寄せた。
探知スキル持ちが一人。
鑑定スキル持ちが一人。
二人して団長が指示した辺りを調べた。
「阻害する術式が施されている為、探知できません」
「こちらも同じく鑑定できません」
「当たりだな。
梯子持ち、来い」
梯子が三組、来た。
付近の天井を調べた。
金槌で叩いて、音を聴き比べた。
「ここが薄いぞ」
一組が探し当てた。
「壊せ」団長が命じた。
三組の梯子を組み合わせ、足場板を差し渡した。
力自慢が大きな土工用ハンマーを持って足場板に上がった。
「音が出るが、良いのか」
「地上では救出する連中が大きな音を立ててる。
こちらの音も紛れる筈だ。
遠慮は要らん」
「分かった」
力自慢が下から天井に向けてハンマーを揮った。
通常とは逆なので勝手が違うが、力自慢は過たない。
一撃で天井に穴を開けた。
「どうだ、団長」偉ぶる力自慢。
「よくやった。
その調子で穴を広げてくれ」
力自慢は土工用ハンマーで穴を広げて行く。
ひと一人が余裕で入れる穴を開けるのに時間はかからない。
「出来たぜ」
小柄な男が足場板に上がった。
その男を力自慢が穴に抱え上げた。
「軽いな」
「うるせぇ」小柄な男が天井の穴に入った。
下から【携行灯】が手渡しされた。
「中はどうなってる」団長が尋ねた。
「四つん這いなら行ける」
「方向を間違えるな」
「通気口があるんですよね」
「事前の話では、そうだ」
「では行きます」
小柄な男は天井を四つん這いになって進んだ。
暗いが【携行灯】のお陰で、苦労しない。
鼠は逃げてくれる。
小さな段差は事前に分かる。
目的の通気口かどうかは分からないが、一つの通気口を見つけた。
躊躇はない。
賽は投げられた。
下に人がいても構わない。
腰の金槌を手にし、通気口を壊した。
幸い、人の声は聞こえない。
壊して、壊して穴を押し広げた。
首を差し入れた。
下の様子を見た。
誰もいない。
来る様子もない。
小柄な男はさらに穴を押し広げた。
自分一人が抜けるには充分、そう判断した。
ここまでも、ここから先も怖がってはならない。
ちょっとの齟齬が大きな怪我に繋がる。
これはお遊び、お遊び。
息を大きく吸った。
穴から抜けて、下に飛び下りた。
少なくない衝撃。
これは何時ものこと。
腰の帯剣に手を伸ばして、周囲を確認した。
人はいない。
耳を澄ました。
こちらに向かって来る足音もない。
金槌を腰に戻し、来た方向に目を向けた。
白壁。
丁度良い高さにそれがあった。
ドアノブ。
ドアノブを回した。
動いた。
開いた。
白壁の一角がドアになっていた。
先も白壁に囲まれた個室。
そこにもドアノブがあった。
急いで回した。
押し寄せる地下水路の臭い。
思わず目を瞬いた。
団長の目の前の壁が動いた。
一角がドアの様に開いた。
「ようこそ、王宮区画へ」小柄な男。
これを知っているのは前国王と現国王の二人だけ、の筈なんだが、
代を重ねるに従い、漏れていくのも自然の摂理、
人の口とは抑え難きもの。
誰かが漏らせば、これは秘密よと王族内で広がる。
団長が皆を見回した。
「今さら怖気付いた奴はいないな。
行くぞ、国王陛下がお待ちかねだ」
「王妃様は」
「そちらは金にはならん。
換金できるのは陛下の首だけだ」
「では、王妃様は好きにしても、侍女とか、メイドとか」
団長は鋭い目で全員を睨む。
「変な事を考えてる奴がいるようだから、前もって釘を刺しておく。
救出してる奴等とは鉢合わせしたくないから、
全員を手早く殺し、陛下の首をもってずらかる。
だから、何時もの様に遊ぶ暇はない。
遅れる奴は誰であれ殺す、分かったな」




