(襲来)10
解体は前段階で躓いた。
血抜きしようにも、大き過ぎるので逆さに吊り下げが出来ないのだ。
風魔法を会得している魔法使いがいれば対処できるが、
当家に魔法使いはいない。
俺が出しゃばるのも、アレだし。
そこで思い付いた。
シビルの土魔法。
パーティ仲間の彼女にお願いした。
ワイバーンの頭部が下になるように、
土魔法で滑り台クラスの傾斜地を造ってもらった。
流石は魔法学園出身にして国軍士官。
注文通りに仕上げてくれた。
シビルが得意満面に俺を見た。
「これで良いのよね」
俺は素直に評価した。
「吊り下げが出来ない現状だと、これで満点でしょう」
隣のシンシアが俺に問う。
「ねえダン、私に出番はないのかしら」
彼女は水魔法。
「あるよ。
この大きさだから、大量の水が必要だよ」
ワイバーン自体を洗う。
流れる血を下水に流す、等々。
「そうよね、私の出番もあるのよね」
聞いていたルースが不満気に言う。
「私は・・・」
火魔法に出番はない。
「たぶん、焼肉にする時かな」
血を全て抜くまで時間がかかる。
大きいので抜け切るまでの時間も読めない。
暇を持て余したのか、キャロルが傍に来た。
篝火を背に、俺の顔を覗き込む。
「屋根から見た事を話してよ」
俺は注文に応じた。
俺が為した事はさて置き、探知と鑑定で知った事もさてさて置き、
目にした一切を語った。
部屋で固まっていた者達は情報に飢えていた。
何時の間にか手の空いた者達に取り囲まれていた。
パーティ仲間だけでなく、兵士もいれば、メイドもいる。
悪い気はしない。
話し終えるとパーティ仲間のマーリンが言う。
「ワイバーンキングは広域攻撃魔法を砕いて逃げたのかしら」
「心配ですわね。
大魔導師様はご無事なんですか」メイドの一人。
広域攻撃魔法が途中で解けたのに疑問を抱いたらしい。
俺は鑑定でその大魔導師が亡くなったのを知っているが、
面倒になるので、それは伝えていない。
気休めを口にした。
「大魔導師ともなると並行してシールドも張れる筈だし、たぶん、
大丈夫じゃないかな」
血抜きを終えた頃には朝日が顔を覗かせていた。
徹夜明けの割に皆、顔色がすこぶる良い。
ワイバーンを撃退した形になったのが原因だろう。
一休みもせずに、元気に解体に取り掛かった。
堅い外皮に切り口を入れ、削いで行く。
「丁寧にやれよ。
皮や爪は売りもんだ」
「肉は」
「焼肉だ」
「口より手を動かせ。
ただし怪我するな」小隊長のウィリアム。
料理長のハミルドンが俺の傍に来た。
「ダンタルニャン様、お食事をお持ちしました」
厨房のスタッフが全員、数台のワゴン車を押して現れた。
軽くつまめるサンドイッチやドリンクを載せていた。
「おう、気が利くね、ありがとう、ハミルトン。
働いている皆に最初に配って。
手が離せない者には、口に入れてやって」
「承知しました」
パーティ仲間全員に包んだ肉を手渡した。
「今日の予定が流れたので、これは皆にお土産です。
家に戻ってから食べ下さい」
皆の顔が綻ぶ。
「これがワイバーンの肉か、嬉しいわ」キャロルが言う。
「商家だから珍しくもないだろう。
何度か食べてるだろう」
「触ったのでさえ初めてよ。
売り物だから指一本、触れさせてくれないの」
モニカがキャロルに同意した。
「そうよ。
高価な物の売り先は決まっているので、見せても貰えないわ。
家で食べる物は売れ残りか、安く仕入れた物よ。
ワイバーンなんて、とてもとても」
「そうか、それが商人の道か」
「綺麗に纏めないでよ」マーリンが抗議。
大人達を代表してシンシアが言う。
「状況が状況だから、今日のパーティ活動は無論、
ここ暫くは見合わせね」
ルースが言葉を重ねた。
「山や周囲の魔物の活動を観察する必要があるわね」
シェリルが貴族の娘らしい発言。
「王宮区画や王家の皆様のご様子が気懸かりね」
守り役のボニーが言う。
「本当に・・・。
それはそれとして、屋敷の者達に心配されてると思うから、
急いで戻りましょう」
俺は屋敷の主要なスタッフを集めた。
大人の経験を頼る事にした。
「僕は各区画の友達の様子を見てから寮に戻る。
後は皆に任せたよ」
執事のダンカンに尋ねられた。
「領地やご実家は如何しますか。
この一件は噂で直ぐに届くと思われます」
「だよね、心配されるよね。
まず早馬で一報を届けて。
ある程度の事が分かったら、それもね」
料理長のハミルトンに尋ねられた。
「肉料理にしても限度があります。
余った肉は干し肉にしても構いませんか」
ワイバーンから大量の肉が取れた。
「干し肉にして領地に送ろうか」
「分かりました、そう手配します」
今度はウィリアムだ。
「売り物になる部位はどうしますか」
皮、爪、目玉、歯、内臓等々。
「それはダンカンと話し合ってね、大人に任せるよ。
そうそう、細川子爵邸の様子も気になるね。
被害を受けてないと良いんだけど。
ダンカン、顔を出してみて。
もし瓦礫で困っていたら、うちの兵を回して助けてあげて」
俺は屋敷を出た。
各区画の友達の様子を見るとは言ったが、そんな友達はいない。
今以上に友達を作る余裕はない。
俺が目論んだのはフリータイム。
屋敷から離れた平民が住む街の公園のベンチに腰を下ろした。
ステータスを再検討しようとした。
そこに念話が入って来た。
『ダン、生き残ってるー』アリスらしい最初の一言。
『なんとかね。
そっちはどうだい、ワイバーンの営巣地を見つけたかい』
『見付けた』
『ピー、見付けた、見付けた』ハッピーが割り込んで来た。
『数は』
『幼体をいれて100翼近いわね。
クイーンもいたわ』
『プー、ワイバーンクイーン、ワイバーンクイーン』
ワイバーンキングにワイバーンクイーンか。
相手にとって不足なし。
でもなあ・・・。
キングとクイーンを同時に相手するのは・・・、考えもんだ。




