(襲来)8
広域攻撃魔法は消費する魔力が多い為、
保有するMP量に余裕のある大魔導師でなければ発動できない。
肝心の持続時間は消費される魔力量によって異なるが、
この大魔導師に疲れは見えない。
余裕綽々とも感じ取れた。
今、目の前で展開されているのは雷魔法系の広域攻撃魔法、
サンダープリズン。
獲物を見えない広い檻で囲い、ランダムに落ちる雷にお任せする技。
狙っての直撃こそないが、群れ討伐には最適な魔法だ。
檻の中で安全なのは大魔導師ただ一人。
術者当人だから雷は掠りもしない。
ワイバーンがもう少し賢ければ、
術者を倒して魔法を解くかも知れない、が、そんな様子は欠片もない。
これでは安全地帯にいるようなもの。
ではなかった。
計算違いは得てして起こり得るもの。
大魔導師は頭上の鈍い音を聞いた。
見上げた。
真上を飛んでいたワイバーンが落雷に遭っていた。
次いで顔が濡れた。
判然とはしないが、雨ではなく血ではなかろうか。
肉片らしき物が足下にベチャッと落ちた。
それで自分が置かれた状況に気付いた。
慌てて周囲を見回した。
誰もいない。
本来であれば部下の魔法使いにシールドを張らせるのだが、
総員退避がかけられているので人影は一つもない。
大魔導師の真上のワイバーンの影が大きくなる。
落ちて来る。
自分の上に。
避けようとしようにも、足が。
咄嗟の事に足が動かない。
俺は屋根の上から王宮区画を見て感心した。
自分が巻き込まれていたら怖いけど、
見ているだけなら素晴らしい広域攻撃魔法だ。
ワイバーンを落雷で討伐している。
直に決着がつくだろう。
この技法の最大の特徴は群れを逃さない檻だろう。
目に見えない檻は体当たりでは破れない、
ワイバーンのブレスでも破れない。
弱点が見当たらない。
ワイバーンキングを探した。
いた。
奴はジタバタしていない。
小さな旋回を続けながら、最小限の動きで落雷を回避している。
落雷が読めるかの様な動きだ。
その余裕、いつまで続くのか。
不意に止んだ。
広域攻撃魔法が解けた。
俺は探知と鑑定で詳細に現場を調べた。
肝心の大魔導師の生体反応が消えていた。
何らかの事情で、道半ばにして亡くなったとしか考えられない。
これに真っ先に反応したのはワイバーンキング。
いきなり急上昇を開始した。
ぐいぐい高々度に上がって行く。
新たな広域攻撃魔法を警戒し、それから逃れようとしているのだろう。
群れの数は当初、ワイバーンキングを除いて147翼。
それが今や大幅に数を減らして58翼。
うちの26翼がワイバーンキングを追尾した。
遥か高々度に達したワイバーンキングが北に転じるや、
26翼もそれに従う。
俺は念話した。
『ねえアリス、頼みがあるんだけど』
『なあに』
『ワイバーンキングの後をつけて、営巣地を調べてくれないかな。
場所と数を知りたいんだ』
『そんなこと・・・、分かった。
そこに妖精魔法の大きいのを、ぶち込んでも良いわよね』
本気だから怖い。
妖精魔法の大きいのが気にかかる。
でも今回は見送り。
『キングがいるんだから、調べるだけにして』
『ダンは弱気ね。
男の子でしょう。
もっとガンガンできないの』
『今回は追跡だけだよ』
『んー、分かったわ』
『パー、僕は僕は』ハッピーが騒ぐ。
『アリスのバックアップをよろしく』
『ピー、バックアップバックアップップー』
二人は直ぐにエビスを再起動させ、転移して行った。
俺は残された32翼を注視した。
彼等は広域攻撃魔法の後遺症で茫然自失、
正気に返った時には敵中に取り残されていた。
惰性で漫然と飛行を続けた。
リーダーを失った群れの取る選択肢は大きく分けて二つ。
逃げるか、当初の目的を達するか。
そのうちの13翼が編隊を組んで北へ去って行く。
残されたのは19翼。
彼等は国都上空での旋回飛行を再開した。
次第に速度を上げて行く。
飛行コースが気にかかった。
王宮区画を避けて外郭上空のみを大きく旋回していた。
たぶん、広域攻撃魔法への恐れから、外郭を選択したのだろう。
1翼がいきなり外郭東区画に急下降した。
獲物を見つけたのに違いない。
他も倣った。
それぞれが組むことなく、外郭の各区画へ散るようにして急降下。
八つ当たり気味な咆哮を上げて、獲物へ向かう。
王宮区画の近衛軍の状態は不明だが、
外郭区画の国軍の状態なら分かる。
大きな被害を被ることもなく今も健在だ。
直ちに反撃開始した。
弓、弩、連弩から矢が放たれた。
カタパルトも唸りを上げた。
攻撃魔法も惜しげなく放たれた。
射程から外れたワイバーンには騎兵隊が向かう。
俺の方にも来た。
南区画方面に4翼。
うちの1翼が俺に視線を向けていた。
視認済みらしい。
他の貴族邸の屋根に上がっている兵士も散見されるのに、
よりによって俺、児童なんだけど。
まさか、小さいから美味しく見えるのか。
途中の屋根にも兵士二人が伏せていた。
その二人、功を焦ったのか、逆上か、ワイバーンの接近に合わせて、
槍を手にして立ち上がった。
馬鹿正直に真正面から迎え撃つ。
衝突。
鈍い音。
二人はワイバーンに手傷を負わせることなく弾き飛ばされた。
悲鳴を上げながら落下して行く。
俺は【ツインの複合弓】を構えた。
魔水晶と魔卵、二つを組み込んでいるが、取り敢えず魔水晶だろう。
付与で光の速さに特化させた物。
数値は・・・、どうする。
前回のワイバーンはEP10のウォータボールで討伐した。
今回は鉄矢。
まずEP10で試してみよう。
駄目なら上げるだけ。
ズームアップ。
狙いはワイバーンの額。
そこは絶対に堅いだろう。
だからこそ狙う。
射程300メートル。
放った。
光の速さの物を視認できる訳がない。
たとえ出来たとしても躱すのは無理。
予想通り、手から離れた次の瞬間には深々と命中していた。
ワイバーンは悲鳴を上げながら飛行体勢を崩した。




