(襲来)5
駐屯地からの鐘が聞こえるや国都の空気が変わった。
事態を理解し、一斉に殺気が放たれた感がした。
俺の屋敷も同様だった。
何の準備もしていなかったのだが、
執事のダンカンが的確に指示を出すと、
使用人の皆がそれに従って動いた。
まるで想定内の様だ。
まず屋敷の全ての建物の灯りが点された。
そして戦闘員たる兵士達が敷地内各所にて防御態勢を敷いた。
残りの非戦闘員の女子供は一カ所に避難した。
俺は一階フロアに突っ立って、皆の動きを見守るだけ。
そこに疲れた顔のダンカンが来た。
「全ての手配が終わりました」
「ありがとう、助かったよ。
でも、教えてくれる。
こんな時の手順ってあるの」
「はい、
山からの魔物だけでなく、ワイバーンもいるので対処法は複雑なのです。
大切なのは街の灯りを消さない事です。
暗がりにワイバーンが降りると面倒になりますからね」
王宮区画から光魔法とは違う種類の、
まるでサーチライトのような明かりが照射されていた。
初めて見る物だった。
「あれは・・・」
「噂で聞いた事があります。
あれは研究開発中の魔道具、【遠光器】ですね。
昨夜の襲来があったので、実戦配備されたのではないでしょうか」
【遠光器】は三基あるようで、三つの強いライトが北側に向けられ、
ワイバーンを探していた。
俺はそれを見ながらダンカンに尋ねた。
「貴族の当主はどうするの」
「国都の外郭は国軍、王宮区画は近衛軍と分担が決められていて、
貴族は基本、自分の屋敷の防御に徹せよとのことです」
「いいのか」
「動かれると、かえって邪魔になるそうです。
なので屋敷の防御に徹するか、近くに降りたワイバーンの討伐ですね。
当家の場合はダンタルニャン様が成人前なので、
小隊長のウィリアムが代理として指揮を執ります。
よろしいですね」
「わかった、邪魔はしない」
俺は皆の邪魔にならぬように、自室に引き揚げた。
そんな俺の後をバーティ仲間が付いて来た。
「本当に私達、何もしなくていいの」心配顔のキャロル。
「店の方も心配よ」マーリン。
「街中にワイバーンが降りると怖いわね」モニカ。
すると年長のシェリルが諭すように言う。
「私も自分の屋敷が心配よ。
でもね、子供だから何もできないわ。
足手纏いみたいだから、じっとしているのが一番だと思うわ」
そんな女児達をシンシア達大人が生温い目で見守っていた。
俺は窓を開けて空気を入れ替えた。
ついでに探知と鑑定で外の様子を探った。
今の戦場はこことは真反対の北側。
ワイバーンの威嚇によって山を追い出された魔物等の群れが、
北の駐屯地に押し寄せ、国軍との間で攻防を繰り広げていた。
脳内モニターに映し出される人と魔物等の点滅で、
全体像が把握できた。
駐屯地の兵力は知らないが、多大な被害を被りながらも、
魔物等の前進を押し止めているのは確かだ。
だが、それが何時までも続く訳がない。
魔物等の数の暴力に、ついに均衡が崩れた。
門が破られ、外壁が壊された。
魔物等が次々に押し入る。
それが呼び水になったらしい。
西や東の山々の魔物等が動き出した。
山を駆け下り、途次にある駐屯地や各種ギルドの施設を襲い始めた。
俺はシンシア達大人を頼ることにした。
「キャロル達が無茶をしないように見張っていて」
「ダン、何をするつもりなの」シンシアが皆を代表して聞いてきた。
「もうすぐワイバーンが来る。
僕は屋根に上がって、様子を見る」
「どうやって屋根に上がるの」
俺はパーティでも力のごく一部を披露していた。
ここで隠すのも今更だ。
でも、転移はない。
幾らパーティ仲間でも知られたくない。
そこで風魔法で胡麻化した。
説明を端折り、風魔法を身に纏い、窓の外に飛び出した。
屋根の上に移動した。
仲間達の言葉が聞こえて来た。
「あれは風魔法だよね」
「風魔法・・・」
「使い慣れてるわね」
「ダンはどこまで力があるのかしら」
「そこが問題よね」
「でも、見なかった事にしましょう」
屋根の上には先客がいた。
『遅いわよ』
『ペー、遅い、遅いペー』
二人とも言葉とは裏腹、ご機嫌な様子。
ワイバーンとの戦いを待ち望んでいるらしい。
『ごめんごめん。
子爵様だから、色々とあるんだよ』
『まあ、許してあげる』
『プー、許す、許すプー』
ハッピーはアリスに毒されている。
でも、指摘しない。
面倒臭い。
アリスが収納庫からエビスを取り出した。
久々の出動だ。
それを見てハッピーが言う。
『パー、僕も、僕もピー』
『我儘言わないの』アリス。
どちらも我儘しか言わない。
言い争うより造った方が早い。
ノウハウがある。
魔卵の予備もある。
後はコピーするだけ。
錬金魔法でちゃちゃっと造り上げた。
アリスのが妖精魔法に特化したエビスだとすれば、
ハッピーのはダンジョンスライム魔法に特化したエビス。
こうなれば区別も必要だ。
機体番号を付けた。
アリスのをエビスゼロとし、ハッピーのはエビス一号。
『行き成りでは壊しそうだから、暫くは高々度で訓練してね』
アリスの説明を受けてハッピーが乗り込んだ。
『パー、凄い、面白いピー』言葉を残し、高々度に転移した。
ふざけた感のあるハッピーだが飲み込みは早い。
西へ飛行しながら、回転や捻りをも加えた。
習熟すれば問題ないだろう。
次は自分だ。
EPだけでは対抗できない。
EP数値が333だから1翼10消費するとして、
単純計算で討伐できるのは33翼。
虚空の空きスペースにEPを溜めているが、そちらも333。
計66翼。
これでは覚束ない。
となれば魔道具・・・。
虚空に収納した武器を検索した。
弓スキル持ちだからアリバイがてら、当然、弓だろう。
・・・。
色々と収納しているが、これと言った物がない。
結局、何時ものM字型の複合弓にした。
これでワイバーンの外皮は貫けるだろうか、否。
幸い良い物がある、それも最上の。
世界樹で造られた魔法使いの杖だ。
ここでも錬金魔法の出番だ。
杖を元にして複合弓を造る事にした。
優しく、優しく広げて魔卵を組み込み、曲げる。
弦の材料も事欠かない。
多彩な糸がある。
俺が選んだのは蜘蛛の糸と蓑虫の糸。
二つを統合して、弾力性を向上させた。
次はやっぱり、矢。
ワイバーンの外皮を貫くなら鉄矢だろう。




