(襲来)4
元ダンジョンに備えて俺達児童は早く就寝する事になった。
でも明日を思うと目が冴えて、なかなか寝付けない。
と、探知と鑑定に何かが引っ掛かった。
アリスとハッピーではないか。
俺が窓を半分くらい開けると、二人が勢いよく飛び込んで来た。
『助けた三人の世話はいいのかい』
『それどころじゃないわよ』怒気混じりのアリス。
『どうしたの』
『ワイバーンの大きな群れが接近して来てるわ。
魔波の様子からすると、ここを襲うわね。
それが心配で戻って来たのよ』
予期せぬ事態に俺は固まった。
勘が俺に囁く。
昨夜は数が少なかったから撃退できたが、今夜は・・・。
『ポー、だいじょうぶ、僕達がついてるポー』
ハッピーの言葉でちょっとだけ気が楽になった。
昨夜のワイバーン襲来を二人に説明した。
アリスが表情を曇らせた。
『あの卵が孵化したのね。
あの時、割っておけば・・・、失敗したわね』
『アリスの責任じゃないよ』
『とっ、当然よ、人間が悪いのよ。
ワイバーンの卵を盗んで孵化させるなんて』
ワイバーンの卵液を吸おうとしたアリス・・・。
俺は言葉を飲み込み、探知と鑑定のエリアを広げた。
情報量が多いので精度を落とした。
5メートル以上の魔物に的を絞り、荒い網で国都の外までカバーした。
『アリス、方向は』
『北から来るわ』
網を北に広げた。
見つけた。
塊になった群れを見つけた。
こちらに向けて飛行中だ。
俺はアリスに尋ねた。
『本当にここを襲うのかな。
通り過ぎて、他に向かうって事は・・・』
『ないわね。
人間が卵を盗んだんでしょう。
恨み骨髄よね』
『ここの人間がワイバーンに喧嘩を売ったってことかい』
『そうよ。
ワイバーンの気性からすると全面戦争しかないわね。
それに、あの数からすると率いているのは、たぶん、キング』
『ワイバーンキング・・・』
『そう、ワイバーンキングよ。
ドラゴンに近い力を持つ個体よ。
個体としての力もだけど、統率力もあるから拙いわね』
戦闘力に加えて統率力を併せ持つと。
困ったな。
『アリスとハッピーはどうするの』
『私達は小さいから逃げ切れるわ。
問題はダンよ、アンタどうするの』
『んー・・・、人間を代表して迎え撃つつもりはないけど、
この屋敷にいるのは大事な人間ばかりなんだ。
一人も怪我させたくない』
『だと思ったわ。
それなら私達も協力するわ。
頼りにしてよね』
『ピー、僕も僕もプー』
国都は西北東の三方を山地で囲まれていた。
低い山々の連なりながら起伏が激しく、植生が豊富で、
魔物や獣が生息するには絶好の地であった。
その北側にワイバーンの群れの先陣20数翼が達した。
滑らかな低空飛行に移り、下に向けて威嚇の咆哮。
途端、夜行性の魔物や獣が凍り付いた。
立ち竦む。
寝ていた物達も目覚めた。
怯えて周りを見回す。
国軍や近衛軍の駐屯地が国都を囲むように配置されていた。
その一つ、北側の国軍駐屯地。
全ての門が閉じられ、兵舎の明かりも落とされていた。
しかし駐屯地全体が寝静まった訳ではない。
一角では夜番の組が起きていた。
国軍や近衛軍には内密に指示が下されていた。
ワイバーンの再襲来に備えよ、と。
それにより人員や装備が急遽、見直された。
特に魔法使いが増強された。
探知に優れた者達が駆り出された。
退役した者や冒険者も招聘された。
北門に併設の見張り台に夜番の分隊が詰めていた。
そのうちの一人が探知スキルの持ち主。
探知スキル持ちだからと言って四六時中、稼働している訳ではない。
MPには限りがある。
MP回復ポーションを飲んだとしてもだ。
ポーションの多用は身体に弊害があるので、推奨はされていない。
彼は今、休憩していた。
別の一人が身体を震わせた。
慌てて山に向けて耳を澄ました。
「あの咆哮・・・、ワイバーンじゃないか。
聞こえる、聞こえるぞ」声を震わせた。
探知スキル持ちが起動した。
幸いにも老練な上級魔法使い。
スキルの限界を知恵で補う。
全体を見るのではなく、方向を定めた。
触手でも伸ばすかのように、スキルを北に向けた。
「大きな魔物多数を確認した。
鑑定は持ってないので何かは不明。
大きさからするとワイバーン。
こちらに向かって来る」
北の山々を無数のワイバーンが覆った。
100翼を超える本隊だ。
横に大きく広がり、夜空をゆったりと飛行し、下に向けて咆哮で威嚇した。
先陣に怯えた魔物や獣にとって、これが引き金となった。
皆が皆、走り出した。
恐怖に駆られての怒涛の逃走劇。
ランク違いも何のその、脚力の限りを尽くし、遅い個体を踏み潰し、
我先に逃げて行く。
北門の見張り台の分隊長が目を見開いた。
「これは拙い。
ワイバーンが山の魔物をこちらに向けて追い出している。
これだと地上からの攻撃も受ける。
合図の鐘を撞け。
合図は二つ。
最初に魔物襲来。
次にワイバーン襲来。
それを間隔を開けて交互に撞け」
一人が鐘に走り寄り、力強く撞いた。
途端、寝静まっていた兵舎が騒がしくなった。
明かりが点くより先に、何十人もが飛び出して来た。
防具を付けたまま寝ていた待機組だ。
対空戦を想定して弩や連弩は事前に準備されていたが、
地上戦のカタパルトまではなかった。
夜番の指揮官が命令を下した。
「全てのカタパルトを曳き出してこい」
あちこちに篝火が焚かれ、駐屯地が真昼の様に明るくなった。
その中を将兵達が忙しく持ち場に走った。
全ての門を固め、防御に徹するのが彼等に与えられた任務だ。
逃げて来る魔物の先陣が現れた。
飛ぶように走って来るのはガゼローンの群れ。
狐の種から枝分かれしたEランクの魔物。
自慢の脚力で駐屯地の目前で左右に迂回した。
その後ろからガゼミゼルの群れが現れた。
ガゼローンの上位種。
何故か、彼等は迂回しない。
駐屯地に真っ正直に体当たりして来る。
どうやら後方からの圧力で、押し出された格好のようだ。




