(襲来)2
探知と鑑定の連携網を広げた。
無理して広げたからか、あっ、頭が痛くなってきた。
流入する情報量が多過ぎて処理できない。
そこへ幸いというべきか、寮監の声が聞こえた。
「ワイバーンが襲来した。
直ぐに討伐される。
それまで各自、慌てず騒がず、
部屋の窓とは反対側で静かにしているように」
俺は情報をワイバーンに限定した。
直ぐに判明した。
群れが二つ。
すでに国都上空に侵入しているのが5翼。
西の外壁を襲撃しているのが8翼。
んんっ・・・、それとは別に小さな点。
5翼が向かう先にそれがいた。
外郭東区画、例の公爵邸だ。
そこにワイバーン。
だとすると、あの卵が孵ったとしか考えられない。
たぶん、そうなんだろう。
俺は光学迷彩を施し、寮の上空へ転移した。
ワイバーンの群れをズームアップした。
5翼は誰に遮られる事もなく公爵邸上空に達すると、一気に下降した。
ワイバーンの雛を助けるのだろう。
8翼の方は外壁上で暴れていた。
国軍を完全に圧していた。
兵士達が術式が施された弓や槍、弩、連弩、
加えて攻撃魔法で撃退しようとするも、功を奏さない。
巧みに躱され、飛び跳ね回られて圧し潰され、
ウィンドスピアまで喰らわされて犠牲者を増やしていた。
このままでは西の外壁はワイバーンに墜とされてしまう。
俺は西の外壁近くに転移した。
光学迷彩を纏っているので誰にも気付かれない。
それでも用心に越したことはない。
探知と鑑定を継続。
他の魔物や国軍魔導師、近衛魔導師の参戦を警戒し、
並行してワイバーンに対処する事にした。
ワイバーンはドラゴンとは異種のAランクの飛ぶ魔物である。
四つ足と翼、ドラゴンに似てるが完全な異種なので交配はできない。
その成体の体長は5から10メートルほど。
翼を広げれば10から20メートルほど。
武器は体重と鋭い鉤爪、鈍重な尻尾、風魔法。
体重で圧し潰す、鉤爪で引き裂く、尻尾で弾き飛ばす、
風魔法のウィンドスピアで貫く。
全体攻撃としてのウィンドストームもあるので手強い。
それが群れで襲来した。
個体によってはSランクもいるが、群れともなると災害でしかない。
ワイバーンへの攻撃は使い慣れた水魔法にした。
他に選択肢はない。
何故なら、俺が持つ魔法は魔女魔法のお陰で多彩過ぎて、
それら全てを磨こうにも時間が足りないのだ。
下手すれば一生でも足りないかも知れない。
そこで水魔法を土台にする事にした。
一芸を極め、それでもって他にも応用する。
そう決めた。
選んだのは何時もの様に初級攻撃魔法と言われるウォータボール。
中級者や上級者になると選択しないだろうが、シンプル・イズ・ベスト。
一発のEP数値は通常2から4のところ、今回は特別に10。
それを圧縮に次ぐ圧縮、圧縮。
大きさより強度と弾力に拘った。
イメージは迫撃砲。
8翼の背中をロックオン。
ホーミング誘導。
魔物の動体視力を警戒して軌道はカーブ。
8発を続け様、斜め上に放った。
打ち上げから落とす途次に曲げた。
国軍に集中していたワイバーン8翼に着弾。
鈍い命中音。
厚い外皮に穴を開けて貫いた。
急所ではないが、貫通なので無事でいられる訳がない。
異様な悲鳴と盛大に噴出する鮮血、のたうち回り、倒れ伏す、
外壁から落下する等々様々。
公爵邸に降下したワイバーンのリーダーはテントの前に来た。
今も雛の鳴き声が聞こえる。
前よりも弱々しい感じ。
そこでリーダーは大きな鳴き声で応じた。
途端、雛の声に力が籠った。
鉤爪でテントを左右に引き裂いた。
雛は檻に囚われていた。
歩み寄り、面倒臭いとばかりに風魔法を放った。
檻の一方をウィンドスピア3発で断ち割った。
雛が転げるように檻から出て来た。
それをリーダーは二本の前足で抱きかかえた。
雛が嬉しそうに鳴いた。
そうなると、ここにいる理由がない。
飛び立とうとして率いて来た仲間達を見遣った。
4翼は人間達と遊んでいた。
邸内にいた者達に駆け寄って鉤爪で引き裂く、圧し潰す。
弄んで一人として逃さない。
仲間達の気持ちは分かるが、長居は無用。
リーダーは引き上げを指示した。
4翼が身動きを止めた。
リーダーが飛び立つや、それに一斉に従う。
向かうは北。
リーダーは目的高度に達するや、
もう一つの群れが暴れている方向を見た。
8翼が注意を引き付ける筈であった。
その8翼の姿がない。
気配もない。
慌ててコースを変更した。
西の外壁に向けた。
仲間の安否を確かめなければならない。
俺は光学迷彩のまま、東区画に向けて飛行した。
そこで公爵邸から飛び立つワイバーンの群れに遭遇した。
先頭の奴が雛を大事そうに抱きかかえていた。
まるで無害な親子。
それを目の当たりにすると、気が削がれた。
さっきまで熱かった血が冷めた。
見逃すのも一興・・・。
それに、ここで攻撃すると下の街が被害を受ける。
高度から墜落するワイバーンで建物が圧し潰され、
住人に死人が出るかも知れないのだ。
人は何時かは死ぬものだが、俺はその元凶になりたくはない。
俺は群れを見送ることにした。
リーダーは嫌な気配に遭遇した。
西に近づくに従い濃くなる死の臭い。
肝心の仲間の声が聞こえない。
試しに声を上げてみた。
応答がない。
もう一度。
ない。
目に力を籠めた。
遠目に仲間の動かない遺骸を外壁上に見付けた。
1翼、2翼、3翼・・・。
仲間の遺骸に兵士達が群がり解体していた。
見るに忍びない。
出来れば兵士達を追い払いたい。
だが、しかし、待て、何があったかは知らないが、
このまま突き進めば自分達も同じ目に遭う。
即座に方向を転換した。
西から当初の北に戻した。
取り敢えず逃げるが、このままでは終わらせない。
たまごを奪い、仲間を皆殺しにした奴らは許さない。
滅ぼす。
営巣地のキングに報告しよう。




