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異世界ブギウギ。  作者: 渡良瀬ワタル
172/373

(解放)10

 ブルーノ足利は伸びをしながら執務室の窓に歩み寄った。

西の空は夕暮れ模様。

なのに本日予定していた決裁が終わらない。

他の部署は業務窓口を閉じている頃合いだろうに・・・。

 空気を入れ替えようと窓を開けた。

残暑の風が頬を撫で回す。

好んで得た地位ではないが、汗あせ・・・。

 ドアが強くノックされた。

ドアを薄めに開けて侍従長が応対した。

「どうしたのです」

廊下の近衛兵の声。

「上番の者が目通りを願っています」

「急ぐのですか」

「はい」

「通しなさい」


 ブルーノが振り返ると、上番の者が入って来た。

見知りの近衛軍の連絡将校だ。

軽やかな足取りで入室するとブルーノに正対し、敬礼した。

「報告します」

 ブルーノは窓を背にして頷いた。

「なにごとか」

「奉行所よりの報告です。

・・・。

東区画で異常な魔力行使を確認。

地域を担当している同心が駆け付けたところ、

場所はアラステ新田公爵邸と判明しました」

 アラステ新田はブルーノにとっては叔父。

他人事ではない。

「それで奉行所は・・・」

「与力を頭にした捕り手の一隊を差し向けています。

場合によっては、現場判断になりますが、強権を発動するそうです」

 国都では貴族と言えど、特権は一切許されない。

敷地への突入、関係者の拘束等々、原因究明が最優先される。


 連絡将校が去ると秘書方の一人が思い出したように、

手近な書類の山を探り、一枚を抜き出し、確かめて言う。

「新田公爵家から本日のバーティ主催の届けが提出されています」

「私は招待されてないぞ」ブルーノにとっては初耳。

 すると侍従長が答えた。

「平民も招くそうなので、陛下は招待されていません」

「そうか。

公爵は平民も交えて楽しくやっている訳か。

しかし、今回は招待されてなくて良かったのか」

「はい、招待されていたら、どうなっていたものか・・・」


 時間を置かず先程の連絡将校が現れた。

「国軍からの報告です。

彼等も新田公爵邸に部隊を派遣しました。

騎兵隊を含む一個小隊です」

 次々に現地からの最新報告が舞い込む。

お陰で執務室に居ても状況の推移が手に取るように分かった。

星が見える頃合いには全容が把握できた。

パーティは隠れ蓑で、実際は闇市開催が目的だとハッキリした。

闇市での売買を好む富者を、貴族平民問わずパーティに招待していた。

「テント内には大小様々な檻があり、魔物の幼体が入れられていました。

その中の一つ、小さな檻が破られていました。

妖精が入れられていた檻だそうです」連絡将校が告げた。

 ブルーノは先が分かった。

「妖精騒ぎの例の奴が現れたのか。

強奪とか、解放とか、どっちでも構わんが」

「そうです。

今回は姿を見られています」

「ほう、どんな奴なんだ」

「一人は黒覆面の魔法使い。

供は赤覆面の白猫。

青覆面の黒猫」

 ブルーノは聞き違えたかと思った。

「猫が覆面をするのか」

「はい、宙も飛ぶそうです」

 ブルーノは侍従長を振り返った。

目色で問う。

侍従長は応じ、頷いた。

聞き違いではないそうだ。


 ブルーノは気持ちを引き締めて質問を続けた。

「公爵邸には精兵がいたのだろう」

「はい。

国軍や近衛の出身者で編成されています。

それとは別に闇市関係のスラムの悪党や、

雇われた冒険者達もその場に居合わせています」

「それでも敵わなかったと」

「はい。

テントに侵入され、妖精を奪われています」

「黒覆面の魔法使いと二匹の猫にしてやられたのか」

「はい。

敷地内やテントの外を警備していた兵士や冒険者の目を逃れ、

テント内に侵入し、スラムの悪党共を倒して妖精を逃がしたそうです。

そして、逃げるついでに邸内の建物全てを攻撃しています。

何れの建物も攻撃魔法でボロボロです」

「完全に逃げられたのか」

「はい、残念ながら」


 ブルーノは肝心な事を思い出した。

「それで公爵や家族は如何している」

 連絡将校が背筋を伸ばした。

「公爵は魔法直撃で亡くなられました。

これは近くに居合わせた者の証言です」

「狙われたという訳か」

「はい」

「他には」

「闇市に関わった商人達やスラムの悪党達も多くが死亡しています」

「闇市関係者はどうでもいい。

他には、貴族は・・・」

「巻き添えを食らう格好で数人の貴族が怪我を負っています」

 ブルーノは今回の事件に頭を悩ませた。

国都を含む山城地方は足利家の直轄地であるので、

最終的には領主である国王が判断を下す。

公爵、闇市、妖精、そして謎の解放者、ないしは強奪者。

書類が何冊も積み上げられる筈だ。

それを思うと厄介この上なし。


 侍従長がブルーノを補佐し、連絡将校に問う。

「檻に人間や獣人の幼児が入れられていると言っていましたね」

「はい」

「魔物は牧場で飼えば幼体や卵が手に入れられます。

ところが幼児となると、如何なものなのでしょう」

「公には人の口に上りませんが、

スラムや極貧の村では幼児の売買が当たり前の様に横行しています」

「やはり」侍従長はブルーノを振り向いた。

 ブルーノに難問が降りかかった。

「徹底的に調べ、関わった者は厳正に処分しよう。

公爵家とて例外扱いはしない。

・・・。

幼児は全員保護しろ」


 新田公爵邸は夜になっても騒がしい。

怪我人の治療や搬送、居合わせた者達への事情聴取だけでなく、

関係者全員への食事の提供等の雑務もあり、てんてこ舞い。

それでも事情が事情だけに、近隣からの文句だけは舞い込まない。

 敷地の一角にあるテントの屋根には大きな穴が開けられていた。

その穴から月明かりが差し込み、檻の中の卵を照らしていた。

忙しさにアリスが取り忘れたワイバーンの卵だ。

 檻には卵を温める術式が施されていた。

その卵の内側から、「コツコツ」と音がした。

間断なく、コツコツ・・・。

嘴で突いているような音。

ついに小さな罅割れ。

そうなると早い。

殻全体に罅割れが走った。

「コツーン」

 小さな嘴が殻を突き破った。

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