(ギター)7
俺達が屋敷の門を潜るより先に、
母・グレースと祖母・エマが駆け出て来た。
事情を知った誰かが先にご注進に及んだのであろう。
血相を変えた二人が俺を出迎えた。
血は繋がっていないが、長年ともに暮らしているせいか、
二人は似たような表情をした。
口あんぐり。
俺は先に二人に言った。
「ケイトは責めないで。
僕がケイトの目を盗んで山に入って、こんなになった。
僕一人の責任だから、ケイトを責めないで」
俺の脇に立つケイトが深々と頭を下げていた。
五郎も空気を読んだのか、「ク~ン」と悲しげに鳴いた。
二人は頷くと、俺を両脇から抱えるようにして、井戸端に連行した。
近くにいた使用人に水を汲み上げさせ、桶に溜めた。
それで俺の頭を洗い流す。
グレースとエマが交替して、
力一杯洗うので今にも髪の毛が抜けそうで痛い。
禿げないか・・・。
でも、何度洗っても色が全く落ちない。
遅れて現れた祖父・ニコライが二人を止めた。
「もういいだろう」
三人揃って溜め息をついた。
代表して祖父が問う。
「どうした、何があった」
ダンジョンマスターと戦ったとは言えない。
信じないだろうし、信じたとしたら余計に面倒になる。
「眠くなったので寝ていたら、こんなことに」
三人は視線を交わした。
どう対処していいのか、苦慮しているらしい。
使用人の一人がタオルで俺の頭を拭く。
夕方になると仕事から戻った父・アンソニーも加わり、
散々説教された。
滅多にどころか、聞いた事もないような出来事なので、
大人達が言葉選びに呻吟しているのが手に取るように分かった。
その様に、原因が自分にも関わらず、思わず気の毒になった。
大人達の言葉が中断したところを狙い、話題を変えることにした。
「お願いがあります」
アンソニーが渋い顔をした。
「なんだ」
「もうすぐ十才になります。
十才になったら国都の幼年学校に入学させて下さい」
「唐突に・・・、何を言うかと思えば。
家の子は十一才になったら領都の幼年学校に入れるのが習わしだ」
「そこを何とか」
ニコライが問う。
「どうして国都なんだ」
「成人したら家名が名乗れなくなります。
跡取りではないので庶民に落とされ、ただのダンタルニャンになります。
戸倉村生まれのダンタルニャンです。
成人の祝いに多大な祝い金を貰えますが、
それから先は自分一人の力で生きて行かねばならなくなります。
将来を見据えて国都の幼年学校に進みたいのです。
あそこは盆地なので周りの山々には魔物が沢山いると聞きます。
学びながら、狩って腕試しが出来ます。
比べて領都は平野なので魔物が少なく、腕試しが出来ません」
「腕試し・・・。お前は何になるつもりなんだ」
「冒険者です」
家族一同が驚いて固まった。
「えっ」
「そんな」
母や祖母の嫌そうな声が聞こえるが、俺は無視をした。
「手っ取り早く稼げるのが冒険者です。
腕さえ有ればですが」
商人という道もあるが、前世でのサラリーマン生活を振り返れば、
なりたくない。
目指すはフリーランス。
「それで何時も山を駆け回っていたのか」とニコライ。
「はい、まず足腰です」
ニコライが朗らかに笑う。
グレースに尋ねられた。
「武士とか騎士になれば家名を名乗れます。
もっと上なら貴族。そちらを目指さないのですか」
「我が家は、目立たない出世しない、が家訓です。
それをお忘れですか」
佐藤家の本家は藤氏であった。
この国は千年ほど前まで小国家が乱立していた。
それらを攻め滅ぼして統一王朝を建てたのが藤氏。
初代は始皇帝。
山陽道・山陰道・東海道・中山道・北陸道等の街道を整備し、
九州・四国・中国・近畿・中部・関東・東北・北海道まで支配した。
藤氏王朝の治世は五百年もの長きに渡った。
藤氏の後期に平氏と源氏という新勢力が現れた。
西から伸張して来たのが平氏。
東からは源氏。
百年にも及ぶ戦乱で藤氏は衰退し倒された。
藤氏の本家血筋は平氏と源氏によって完全に断たれた。
藤氏五百年の功績を恐れたのだ。
佐藤家は分家であるので許された。
他の分家、伊藤・加藤・斉藤・後藤等も同じに扱われた。
平氏・源氏双方が藤氏残存勢力を取り込もうと図った。
取り込んで畿内を掌握しようとしたのだ。
佐藤家は戦乱で多大な血を流して滅亡の寸前であった為、
平氏からも源氏からも誘われなかった。
これ幸いと佐藤家は戦乱から隔絶した僻地の開拓に専念した。
それがここ、戸倉村。
以来、貴族の身分存続には頓着せず、旧家として家名だけを守った。
代々当主は、「目立たない、出世しない」を口癖に、
世間との交わりを絞った結果、それが自然、家訓ともなった。
貴族復帰どころか、武家になるのでさえ避け、
土豪兼村長で村に引き籠もってきた。
久しぶりに家族で長々と話し合った。
結果は出なかったが、当初の問題は忘れ去られていた。
と思っていたら、最後にアンソニーに、
「髪の毛だけなら良いが、身体に何かあっては困る。
もし夜中に痛みがあったら直ぐに大声を出すんだ。いいな」
と釘を刺された。
ニコライがポツリと漏らした。
「そうそう、思い出した。
当家のご先祖様も髪の毛が白銀であったそうだ」
エマが問う。
「どなたが」
「ジョナサン様だ。
始皇帝の従者で、度重なる遠征で勲功を上げられ、
女婿となって佐藤の姓を与えられた方だ」
グレースが声を上げた。
「白銀のジョナサン様ですね」
俺以外の家族四人が顔を見合わた。
それから俺をジッと見た。
「先祖返りなのか」アンソニーが呟いた。