(解放)7
俺は魔波に違和感を感じた。
何かが、おかしい。
妖精を助ける目的もあるが、その違和感の正体を見極める必要もあり、
出入りする客に紛れ、光学迷彩を施したまま会場に入ろうとした。
そこで別の、おかしいに気付いた。
大多数の客がマスク姿なのだ。
警備している冒険者達も。
怪しげなマスク姿。
これでは強盗か何か。
俺の鼻が原因を捉えた。
テント内から異臭、が漂ってきた。
これだけ離れているのに。
『ブーブー、鼻が曲がっちゃうよー』
ハッピーの言い分も分かる。
用がなければ退散したい。
それも大急ぎで。
『ダン、臭いで死ぬ、五、四、三』アリスがカウントダウン
風魔法の出番。
大急ぎで光学迷彩に臭い消しの術式を施した。
テントの最奥の演壇までの通路が広い。
その通路の左右には大小様々な檻が並んでいた。
檻にはオークションに出品されるモノが入れられていた。
魔物から獣人、果ては人間まで、
驚いた事に全ては幼体、あるいは卵のまま。
いずれの檻の前にも客が群がり、熱い視線を送っていた。
欲望に塗れた視線もあるが、多くは値付けの算段の目色。
臭いの原因が分かった。
魔物の幼体が垂れ流していた。
それも殆どの幼体が。
主催者側が臭い消しの術式を施しているようだが、
全くと言っていいほど効果を上げていない。
術者の腕が悪いのだろう。
この酷い状況下、値付けに奔走している連中の逞しいこと。
檻を見回ってランク付けしている。
臭いより金銭が優先するらしい。
『人間ってある意味、凄いわね』アリスが呆れた。
『ある意味かい・・・』
『そうよ。
生薬の原料としては成体より幼体の方が適しているのよ。
成体は汚れているけど、幼体はそこまで酷くはないわ。
牧場で繁殖させた奴なら、最高の逸品だわ』
『牧場・・・』
『私達の里に近い開拓村には牧場があったわ。
高ランクの狩人達が拓いた村よ。
・・・。
あそこの卵を見てごらんなさい』
土が敷き詰められた檻の中に大きな卵が鎮座していた。
『あれは・・・』
『ワイバーンの卵よ』
『ワイバーンも牧場で・・・』
『ワイバーンは飼育が難しいから無理よ。
隙をみて盗んだんでしょうね』
『命懸けだね』
『それだけの価値があるってことよ。
卵でも生薬の原料になるし、
孵化させて飼育に成功すればもっと高く売れる。
幼体は薬効があるし、調教すればワイバーン騎兵の出来上がり』
檻には卵を温める術式が施されていた。
ゆで卵にするのか、孵化させるのか、それは俺には分からない。
俺達は本来の目的である妖精を目指した。
やはり、その檻が一番人気であった。
このところ妖精が腕尽くで助け出されているのを知っているだろうに、
この人気。
死にたがりが多いのだろうか。
檻の中に三人の妖精がいた。
鑑定した。
何れもDランクで二対四枚羽根、アリスと同じペリローズの森生まれ。
三人とも首には小さな小さな【奴隷の首輪】が嵌められていた。
鉄格子そのものにも、妖精の抜け出しを防止する為に、
出入り阻止の術式が施されていた。
と、こちらに殺気が向かって来た。
テント内を警備しているデミアン・ファミリーの者に違いない。
鑑定した。
先頭の奴がデミアン当人、従うのは配下二人。
デミアンはBランク。
鑑定も探知も持たないが、長年の勘が為せる業なのだろう。
光学迷彩で守られている俺達を目指していた。
目色から勘働きと察した。
デミアンは来客を怯えさせぬ配慮か、武器は手にしない。
代わりに身体強化して体当たりして来た。
俺達は妖精を助ける前の騒ぎは歓迎しない。
寸前で隣の檻の上に転移した。
さらに転移、転移。
転移を繰り返してテントの奥の陰に着地した。
デミアンは勢いをつけすぎたのか、転がっていた。
間の悪そうな顔で辺りを見回し、首を傾げる。
俺達を見失ったと思っているのか、それとも、ただの勘違いと・・・。
奴は妖精の檻の近くに陣取った。
そこから動く気配を見せない。
『どうするの』アリスが奴の存在を懸念した。
『やるしかないだろう』
『暴れて良いのね』
『いつものことだろう』
『そうね』
『ピー、暴れる暴れる』
この場所からなら問題はない。
契約魔法を起動した。
まず鉄格子に施された術式を解く。
余裕で届く。
解除。
次に『奴隷の首輪』を解く。
途端、三人の首輪が外れた。
音を立てて、床に落ちて転がる。
妖精を値踏みしていた連中が気付かぬ訳がない。
何しろ目の前の出来事なのだ。
驚きで誰も声がない。
当然、デミアンも気付いた。
俺は光学迷彩を解いた。
陰から出て、悪党ファッションを人目に晒す。
俺が黒覆面のブラック。
赤覆面の白い子猫がレッド。
青覆面の黒い子猫がブルー。
俺は魔法使いの杖を片手に、通路にゆっくり進み出た。
レッドは宙を駆けた。
それを追尾するブルー。
俺に気付いた幾人かが不審な声を上げた。
デミアンもそれに気付いた。
剣帯に下げてる長剣に触れながら、誰何した。
「誰だ、お前」
デミアンの配下は連携が取れていた。
素早くデミアンの前に飛び出し、何時でも長剣を抜ける態勢を見せた。
レッドが檻の上に着地して中に向けて話しかけた。
「助けに来たわよ」
風魔法で鉄格子の一角に穴を開けた。
ブルーが文句を言う。
「ブー、僕の仕事がない」
デミアンが声を上げた。
「全員集まれ、妖精を奪う連中だ」
その一声でテント内が騒然とした。
逃げ出す者。
野次馬と化す者。
迷う者。
デミアン・ファミリーだけは一糸乱れずに集まって来た。
得意の武器を手に、俺を取り囲む一方で檻をも囲む。
檻から脱出する妖精を目の当たりにして、デミアンが怒鳴る。
「捕らえろ、無理なら殺せ」
俺より先にアリスが反応した。
デミアンを振り返った。
「殺されるのはお前達だよ」




