(解放)6
ここは王宮。
国王の執務室は何時にも増して熱を帯びていた。
書類の山、書類の山、書類の山、それはまるで山脈の如し。
その山脈に取り組む国王を補佐する秘書方は通常は四名。
全く減らぬ仕事量に音を上げたブルーノ足利が新たな増員を行った。
新規の四名が加わり、八人体制。
ブルーノを含めた九名で山脈を削ろうと奮闘。
結果、一つの山を消した。
気付くと肝心のブルーノの手が止まっていた。
一件書類に目を落とし、熟慮している様子。
表情が冴えない。
部屋の隅で気配を消していた侍従長がそっと歩み寄った。
「如何いたしました」
「今日、ポールは出勤日か」
「はい、自室で書類を書き上げていらっしゃいます」
「ここの書類を増やすつもりか。
まあいい、急いで呼んでくれ」
ポール細川子爵が現れた。
「陛下、お呼びですか」
ブルーノは一件書類を指し示した。
「これは卿の提出物か」
ポールは表記文字を読んだ。
「はい。
私が北方山地に赴いて足で集めた情報と、
依頼した冒険者達が持ってきた情報を合わせ、精査したところ、
そのような結論に達しました」
我が国と北域諸国との間には険しい大山岳地帯がある。
九州北部から北海道北部にかけて連なる山々で、
俗に北方山地と呼ばれている。
そこは奥深い自然の要害でもある。
それでも踏破する人々がいた。
初期は商人であり、狩人であり、冒険者であった。
獣道が踏み固められて街道擬きになると、更に人々が山地に挑んだ。
結果、魔物達の縄張りでない場所が拓かれ、
何処の国にも属さぬ町や村ができた。
そのような北方山地から不穏な情報がもたらされるようになった。
一つは、とある開拓村の消失。
もう一つは魔物の活性化。
懸念したブルーノはポールに調査を命じていた。
ブルーノが言う。
「よく調べてある」
「有難う御座います」
「よく検討している」
「有難う御座います」
ブルーノはポールをジッと見た。
ポールは次の言葉を待つが、聞こえて来ない。
何故か、ブルーノは言葉を溜めている様子。
なので待つことにした。
居合わせた秘書方も全員が手を止め、二人を見ていた、
それは侍従長も同じ。
部屋が沈黙に包まれた。
破ったのは当然、ブルーノ。
「色々と材料を集めたものだな。
これだけ集められるとは知らなんだ。
・・・。
憶測か当てずっぽうかは知らんが、仮説もなかなか良いと思う。
・・・。
要約すると、北方山地の生態系が崩れた。
それによって、それまで保たれていた魔物のバランスも崩れた。
強者が弱者を駆逐し、人間の領域まで侵すようになった。
その動きが北方山地だけに留まるのか、それとも外に拡散するのか、
そこまでは推し量れない。
これで合ってるか」
「はい」
「木曽の魔物が溢れて大移動を開始したような動きになるのか」
「どの方向に動くのかが分かりません。
北に向かうのか、西に向かうのか、あるいは東に向かうのか」
「南に向かえば我が国か」
「はい、・・・ワイバーンの縄張りも在りますので、
どのような結果になるのか、全く推し量れません」
ワイバーン。
ドラゴンの下位種とも、トカゲが巨大化して翼を生やした魔物とも。
飛ぶ魔物なので、どこに向かうかまでは推し量れない。
ブルーノは頭を抱えた。
「そのワイバーンが開拓村の一つを襲ったのだろう」
「はい、村を更地に変えました」
「卿は知ってるか。
最近、上空を飛ぶワイバーンが多数目撃されている」
「はい。
北方山地から来ているのでしょう。
幸い距離が近い事もあり、どこにも着地せず、
そのまま南の海を目指しています」
「どこに向かっていると思う」
「平民達が噂する南の大陸ではないでしょうか」
ブルーノは一旦、皆を見回した。
それから再びポールを見遣った。
「元凶は妖精の減少にあるのだな」
「噂ではそうです。
ワイバーンの天敵は妖精だそうです。
知ってか知らずか、あるいは性か、
妖精がワイバーンの卵を割って回っているそうです。
対してワイバーンは妖精に何の対抗策も持ちません。
妖精の里すら見付けられないそうです」
「その妖精の天敵は人間か。
発見次第捕獲して裏で売買しているそうだな。
このところの妖精騒ぎで初めて知った。
妖精が今だに存在していることも、売買対象であることも。
・・・。
何か打つ手はないか」
俺達は庭園に隣接する馬場を見下ろしていた。
中央に巨大なテントがデンと鎮座し、
一際厳しい警戒体制が敷かれていることから、たぶん、これがそう。
オークション会場。
俺達は光学迷彩を維持したまま、人影のない雑木林に降下した。
風魔法で雑草を掻き分け、通路に出た。
少し進むと巡回中の兵士二人に遭遇した。
道を譲った。
気付かれない。
オークション会場の内外を探知と鑑定で調べた。
テントの外は冒険者、内側はデミアン・ファミリーと警備を棲み分け。
高ランクもいれば中ランクや低ランクも。
探知や鑑定のスキルを持つ者もいるが、警戒を要する者はいない。
収益との兼ね合いで、高ランクばかりを集めるのは厳しいのだろう。
俺とアリスは妖精の魔波を探した。
捕えられた妖精が【奴隷の首輪】【魔封じの首輪】を強いられていても、
魔波自体は呼吸のようなもの。
体外に自然に漏れ出るのを妨げる事はできない。
『ダン、いたわ』アリス。
『ああ、三つ、これだな』
『よくこれだけ捕獲したものね』
『妖精は騙し易いんだろう』
『否定できないわね』弱々しい声。
そのアリスの声音が変わった。
『それとは別の魔波も結構あるわね』
『魔物も扱っているみたいだな。
コールビー、ガゼラージュ、パイア、ヘルハウンド・・・。
怖いもの知らずにも程があるな』
『たぶんだけど、これらの魔物は生薬の材料よね。
乾燥させて、磨り潰すのじゃないかしら』
『へえー、知らなかった。
魔物もそんな使い方があるんだ』
『気味が悪いから禁止されてるけど、裏では流通してるのよ。
スラムの裏店で売ってるわ』
『効能は』
『扱う薬師の腕次第ね』
『ということは効くんだ』




