(叙爵)20
俺も光学迷彩を解くことにした。
悪党ファッションのお披露目だ。
アリスとハッピーに続いて現れた俺に目を剥く二人。
驚かせた甲斐があるというものだ。
ついでに密かに練習していた声音を試してみた。
「久しぶりだな」押し殺した声。
サンチョとクラークは何とも言い難い表情。
無言で俺の顔を見詰めるだけ。
暫し間があるが、アリスが簡単に破った。
「用件は分かっているわよね」
代表してサンチョが口を開いた。
「妖精の買われた先だな」
「そうよ。で、どうなの」
「すまんが、今は自分達の事で手一杯だ。
商売を始めて一月が過ぎたばかり。
もう少し待ってくれないか」
「どのくらい必要なの」
「商売を広げながら、手足になる連中を雇っている。
半年もあれば、その手足を十分に揃えられる。
それからだな。
噂を搔き集め、裏を取り、信憑性があるのを伝える。
それで良いんだろう」
俺は遣り取りを聞きながら、クラークの様子も窺った。
サンチョの言葉に嘘はなさそうだが、クラークは何か隠してそう。
俺はアリスに念話で伝えた。
『クラークにも聞いてみたらどうだい』
アリスは返事代わりにクラークに視線を転じた。
「で、アンタはどうなの」
流石は年の功。
瞬時で無表情になった。
「俺か、国都の生まれじゃないから、肝心の伝手がない。
そういう訳で、年寄りの耳には期待しないで欲しいな」
アリスが俺に言う。
『だそうよ、どうする』
俺はクラークに正対した。
この手の老人は真正直に問い質しても無駄だろう。
契約魔法で聞くことにした。
初めての使用で、使い熟せるか不安だ。
でも試すには問題ない得難い人材だ。
先の短い老人。
身寄りのない老人。
悲しむ者が一人もいない老人。
契約魔法の贄に相応しい。
錬金魔法との連携が最善手だろう。
さっそくイメージ。
最終形が見えた。
【奴隷の首輪】、ちょっとアレンジした術式を施してコーティング。
即、発動した。
最も驚いたのは当のクラークだった。
自分の首の違和感に気付いた。
手を当てて触った。
「これはっ・・・」
感触から、それと分かった。
何の前触れもなく、【奴隷の首輪】が装着されていた。
指を差し込み、外そうと藻掻く、藻掻く。
外せないと分かると、自分が使えるスキルを駆使し、
解除しようと足掻く、足掻く。
俺の契約魔法は魔女魔法に包括されたモノの一つ。
普通の魔法使いに解除できる訳がない。
首筋を傷だらけにしたクラークが俺を睨む。
「これを外せ」
これだから老人は困る。
前回の教訓を活かそうとしない。
俺は術式を起動させた。
途端、クラークの表情が凍り付いた。
俺は効果を試した。
「名前を教えろ」
「クラークです」
効果覿面。
表情、声音共に一変していた。
「生まれはどこだ」
「流民の群れで生まれましたので、生国は不確かです」
「相棒の名前を教えろ」
「サンチョです」
答えに淀みがない。
満足、満足。
「二人の今の仕事を教えろ」
「金貸しです。
妖精様方から与えられた金貨を元手に、各方面に貸し付けています」
「儲けているのか」
「はい」
本題に入る事にした。
「妖精の売買についてだが、お前は何か耳にしてないか」
「妖精の出品があるかどうかは分かりませんが、
近い内に、その手の闇市が開かれるそうです」
「その手の闇市というのは何の事だ」
「曰く付き商品の売買、所謂、非公開の泥棒市です」
「そんなものが国都で可能なのか」
「後ろ盾が公爵か侯爵なら可能です。
過去に数回、懐が寂しくなった貴族が催しています」
「儲かる訳か。
利益の配分はどうなってる」
「貴族が屋敷を会場にしているので、利益は折半です」
「参加できるのは、どんな奴だ」
「貴族と、貴族に誼のある商人です」
「盗賊とか、スラムのファミリーは関与しないのか」
「表向きには無い事になっています」
表向きか、・・・間に商人か貴族を挟んでいるのだろう。
「管轄の奉行所はどうやって黙らせる」
「上には栄転、下には鼻薬です」
腐っている。
「そうか、・・・妖精が売買される可能性は」
「出品されるまで分かりません。
ただ、過去、人や獣人の奴隷と共に出品された事が有ります」
無視できない情報だ。
危険な場所ではあるが、出向くしかない。
「日取りと場所が掴めるか」
「はい」
俺はサンチョを振り向いた。
「こいつに首輪を嵌めたままじゃ、仕事にならんだろう。
取り敢えず外しておく。
日取りと場所を調べておけ」
サンチョはビクビク顔。
「はっ、はい。私は」
「分かっている。
お前は耳にしていなかった。
でも、こいつは耳にしていた、が、俺達に告げる気がなかった。
そういう事だ」
「はい」
俺はクラークの【奴隷の首輪】を解除した。
一瞬で魔素に戻って消えた。
後遺症か、脱力したかのようにフラフラと身体を揺らすクラーク。
それまでの遣り取りが記憶にあるようで、顔は真っ青。
やおら、体勢を整えながら、俺に視線を向けた。
根性か、開き直りか。
何か言いたそうな顔をしているが、口は開かない。
ジッと俺を睨みつける。
「なあクラーク、自分の立場を忘れるな。
面倒臭いから奴隷にしてないが、お前は奴隷なんだよ。
妖精を捕らえて売った犯罪奴隷。
そこは理解しろ。
俺達が頼んでる仕事は一つ。
妖精売買に関する情報を仕入れる、それだけだ。
そう難しい事じゃないだろう」
それでも結局、クラークは頷かない。
頑固爺だ。
嫌いじゃない。
手持ち無沙汰なのはアリスとハッピー。
暇を持て余すかのように天井付近を旋回しながら、アリスが俺に言う。
『暴れたい、暴れたい』
『これが終わったらハッピーと魔物狩りでもしたら』
『そうね、魔卵も不足してるしね』
『パー、ピー、魔卵が好き』ハッピーもその気になった。
俺は再びサンチョに話を振った。
「情報を掴んだら、ここの窓枠に赤い布切れを挟んでおけ。
・・・。
今後の事もある。
合図を決める。
妖精売買に関する話がある時は、窓枠に赤い布切れを挟む。
それを、うちの妖精が見つけ次第、回収する。
無くなっていたら承知したという事で、俺達がこうやって訪れる」
 




