(叙爵)19
話が終わったのでクラリスは少佐を下がらせようとした。
ところが少佐は下がらない。
「質問してよろしいですか」
「何かしら」
「閣下は今回の件をどうやって収めるつもりですか」
クラリスは思案した。
「そうね・・・。
相手のあることだから・・・。
私としては理由はどうあれ、バイロン神崎子爵が断頭台送り、
エリオス佐藤子爵は焼き討ち、言い方は悪いけど喧嘩両成敗、
ここが落とし所だと思っていたの。
このまま曖昧にして、誰もが口を噤む、それで終わり。
ところが神崎子爵家の旧臣の家族が複数、行方不明になるという事態。
お陰で、どこで収まるのか分からくなってきたわ」
俺は約束通り、寮生活に戻ることになった。
ところが平民から子爵様になったので、周りの状況が様変わりしてした。
クラスメート達はパーティーに招待し、楽しく過ごしたので、
休み前と変わらなかったが、他のクラスや上級生達は違った。
平民の子達は素直に喜んでくれる者、嫉妬する者、半々。
貴族の子達には衝撃であったらしい。
これまで平民の子と蔑んでいたのに、それが今や現役の子爵様。
対応に苦慮している様子が手に取るように分かった。
お陰で妙な空気が学校全体に漂うことになった。
学食で食事していると、何故だか視線が突き刺さって来る。
冒険者パーテイ仲間のキャロルが笑う。
「フッフッフ。
ダン、貴族のご令嬢様方が熱い視線を送って来てるわよ。
手を振って応えてあげたらどう」
すると隣のモニカも笑う。
「アッハッハッハ、本当ね。
貴族のご令嬢だけでなく、富豪のご令嬢達もそうよ。
親から指示が出てるのでしょうね」
貴族のご令嬢の一人、シェリルが言う。
「親の指示で色目を使わされるご令嬢方が可愛そうね。
全部、ダンのせいね」
それまで黙っていたマーリンも言う。
「ダンが悪いわね」
俺が悪いらしい。
皆が面白そうに笑う。
シェリルが話題を変えた。
「ところでダン、尾張と伊勢の争いのその後を聞いている」
「尾張の軍勢が伊勢に侵攻したところまでは」
「尾張が優勢だったのは当初だけで、
このところ様相が変わったみたい。
川船は全て接収されて、じわじわ追い詰められているそうよ」
「やはり誘い込まれたのかな」
俺は亀山宿場での宿場スタッフの話をした。
尾張の侵攻の噂が流れていたと。
聞いたシェリルが首を捻った。
「だとすると尾張方の動きは想定内、
伊勢方は準備万端で待ち受けていたという訳ね。
・・・。
ダンの実家は尾張軍に加わっていないのよね」
「運の良いことに逃れられた。
だからと言って喜んでもいられないよ。
実家と親しい土豪達が招集されているから」
「そうか・・・」
「こういう貴族同士の争いの落とし所は・・・」
「戦線が膠着したところで国王様が仲裁に乗り出す訳だけど、
今回は尾張側が膠着まで持って行けるかどうかよね」
食堂の魔道具の予鈴がなった。
俺達はシェリルと別れ、教室に戻った。
夏休みまでは、授業は午前中だけだった。
それは生徒達のレベル差を考慮してのこと。
休みが明けてからは、お客様扱いから正規の生徒扱いになって、
午後の授業が増えた。
今日は座学。
そのせいで戻りの遅くなった俺をアリスが問い詰める。
『遅い、何してたの』白い子猫姿なので可愛い。
『お勉強だよ』
『フン、どうだか。
さあ、急ぐわよ』
『急ぐよ~』ハッピーは黒い子猫姿。
二匹が並んで宙に浮かぶ姿は、はあ~、癒される。
心ここに有らず、取り敢えず聞いてみた。
『どこに』
『街に。
馬鹿二人の居場所を特定して頂戴』
思い当たるのは・・・。
あの二人を指すのだろう。
スラムのザッカリーファミリーの元構成員・サンチョ、そしてクラーク。
夏休み前から脳内モニターに、二人の魔波を追跡させていた。
ここ最近は確認してないが、記録は残っていた。
調べて分かった。
二人は東のスラムに居る時間が長い。
それも同じ場所に。
たぶん、そこをアジトにしているのだろう。
「間違いありません、アジトです」脳内モニターに文字。
俺は夕暮れを待って、制服の橙色のローブを羽織って街に出た。
アリスとハッピーは子猫姿のまま、屋根から屋根へと移動していく。
目指すは外郭東区画のスラム。
俺は途中、物陰で着替えた。
前もって用意していた物を虚空から取り出した。
細目のズボンにシャツ、フード付きのローブ。
編み上げの長靴。
何れもグレー系で取り揃えた。
忘れてならないのは魔法使いの杖。
錬金で造り上げた逸品。
頭部にソフトボールサイズの魔水晶を嵌め込み、
先端を槍の穂先のように尖らしたもの。
長さは俺の身長と同じ、色は黒。
素材が竜の鱗とミスリルなので、これも突いて良し、殴っても良しの逸品。
もう一つ、忘れてはならない物。
それは仮面。
前世の覆面レスラーを真似て、これまた錬金で造ってみた。
黒一色で、目鼻口の三か所に小さな穴を開けた。
素材はミカワサイの革。
汗をかかぬように風魔法の術式を施した、これまた逸品である。
これらを纏め合わせて悪党ファッションとした。
この格好では人目を惹きすぎるし、怪しすぎる。
アリスとハッピーを呼び寄せ、纏めて光体で覆い、
光学迷彩を起動して透明化。
低空飛行してスラムに入った。
直ぐにアジトに辿り着いた。
密集具合からすると小さな倉庫群。
さっそく探知と鑑定を連携させ、具体的に3D表示。
人が多い。
何やら作業している動き。
魔波で二人の居場所を特定した。
幸い部屋には二人。
そこの屋根に着地した。
脅威がない状況なので転移で容易に侵入できるが、
スキルを起動した足跡を誰に見破られるか分からないので控えた。
何時もの様に闇魔法を起動。
ダークボールで屋根と天井に穴を開けた。
闇魔法なので無音にして、塵一つ残らない。
そこから真下の部屋に風魔法で舞い降りた。
空気の微かな乱れに老人が首を傾げた。
流石はBランクのクラーク。
キョロキョロと室内を見渡し、天井に開けられた穴に気付いた。
絶句・・・。
クラークが立ち直るよりも先にアリスとハッビーが光体から飛び出した。
白と黒の子猫が宙に並んで浮かぶ。
アリスが人の言葉で呼び掛けた。
「やあー、来てやったよ」
飛び上がらんばかりに驚く二人。
それを見てアリスの自尊心が擽られたらしい。
「驚き過ぎだよ」子猫姿でニコニコ。
隣でハッピーもニコニコ、ニャー。




