(叙爵)15
おかしい、不自然すぎる。
ジャニスの母親は織田伯爵の側室。
伯爵から疎外されている異母兄・レオンとは距離を置かねばならぬ立場。
実際、レオンが陞爵された際、その式典に招待されたにも関わらず、
膠も無く欠席した。
なのに仲が良さそうな雰囲気。
なんだこれ。
俺の顔色からそれと気付いたのか、ジャニスが言う。
「誤解させてるみたいね。
説明するわ、いいかしら。
私が異母兄に近づくでしょう、するとお父様の機嫌が悪くなるの。
でもね、それは、こちらからなの。
理由は分かるでしょう。
・・・。
反対に、異母兄から近づいて来るのは拒めないわ。
血の繋がりがあるし、寄子の有力な貴族様でしょう。
それにお父様は急遽、尾張に戻られて留守にされてるの。
今、文句を言う方がいらっしゃらない。
そこに異母兄がいらっしゃったの。
ダンタルニャン様のパーティーに出席するのにパートナーがいない、
だからお前、義姉の代わりに共をしろ、ですって。
断れませんわよね、貴族の付き合いは大事ですものね」
ニコヤカな笑みの異母妹の背中にレオンが手を回した。
「ここで立ち話もなんだ。
先に会場に入ろう」
レオンはジャニスを促し玄関に向かう。
それを彼の供の者達が足早に追う。
俺の執事のダンカンはそつが無い。
何時の間にやら一行の先に立ち、案内に務めていた。
残された俺はジャニスの言葉を吟味した。
気になる言葉があった。
お父様は急遽、尾張に戻られて留守、と。
余裕のある領地持ち貴族に限ってだが、年間の半分を国都で過ごし、残りを国元で過ごす。
だから伯爵が領地に戻っても不思議ではない。
気になるのは急遽、という言葉。
伯爵の嫡男が軍勢を率いて伊勢地方に侵攻した。
それと関係するのか。
たぶん、関係するのだろう。
だとしたら、伯爵にとって都合の悪い出来事が起きた・・・。
没頭していた俺はポール殿に促された。
「パーティーを始めよう」
俺は気持ちをパーティーに切り替えた。
ボール殿と並んで会場に入った。
会場とは言っても本館の一階の奥。
そこは儀式が行われるホールになっていて、割と広い。
しかもベランダや庭園の一部も活用しているので何の不足もない。
俺はホールを見渡した。
招待した貴族達は適度に飲み物や軽食を摘み、三々五々、
仲の良い者達と談笑に興じていた。
クラスメート達も邪魔にならぬように片隅に集まって楽しんでいた。
ホールの空気を盛り上げる楽団の演奏も良い。
俺は設えられた演壇に上がった。
打ち合わせ通りに演奏が止む。
皆の視線が俺に集まった。
「皆さん、本日はようこそお出で下さいました。
ヒヨコのような私如きの為に、お忙しい中、お集まりくださり、
深く感謝申し上げます」言葉を切って皆を見回した。
好意的な笑みがホール全体に広がっていた。
勘違いではないと思う。
この雰囲気を壊さないようにするには・・・。
俺は続けた。
「あまり長い挨拶ですと、焼き上がった数々の料理が冷めてしまいます。
手短ではありますが、これで終わらせて頂きます。
ではバーティーをごゆっくりお楽しみ下さい」
すると受けた。
拍手に混じって軽やかな笑い声が聞こえた。
前世今世を問わず、短い挨拶が好まれるらしい。
出足は好調。
直ぐに演奏が再開された。
リズムが刻まれると同時に全てのホーンが最大音量で走り出した。
貴族のパーテイーを専門とする楽団とは聞いていたが、
ここまでエネルギッシュだとは思わなかった。
さっきまでの演奏は手慣らしで、ここからが本番なのだろう。
メイド達が演奏に負けじと動き回る。
各テーブルにバラエティーに富んだ肉料理や魚料理、
今日の為に集めた銘酒各種を配膳していく。
全てのスケジュールがポール殿のお陰で難無く熟せた。
大人の事情があるにしても感謝、感謝。
文句も言わず操り人形に徹していた俺も偉い、偉い。
たぶん偉いと思う。
風呂から上がり、自室のベットで横になっていたら、
急接近する魔波を感じ取った。
アリスだ。
窓を少し開けると、彼女が飛び込んで来た。
入室するなり愛着のある白い子猫姿になって、宙に浮かぶ。
『久しぶりね、元気だった』
それは俺の言いたいセリフだ。
アリスはダンジョンに行ったきりで何日も戻って来なかった。
その間、連絡一つなかった。
呆れた奴だ。
『よくここを覚えていたね。
迷わずに戻って来れたのかい』
『迷う訳ないでしょう。
エビスのナビは優秀なのよ』
それを作ったのは俺なんだけど、まあ良いか。
アリスの不在を気にしなかった訳ではない。
常に魔波を追跡し、所在地を把握。
危険が迫っている感じた場合は何時でも飛び出すつもりでいた。
でもそれは言わない。
『ダンジョンの皆の様子は』
スライム達と居候している妖精二人の事だ。
『皆は元気よ、元気過ぎて困るくらい。
特に問題は一部のスライムよね。
ダンマスの留守を良いことに、
勝手に冒険者向けのダンジョンを造り始めたわ』
勝手に働くのはダンジョンスライムの性と認識するしかない。
『何層のダンジョンにするつもりなの』
『当初は五層だそうよ。
五層目をダンジョンボスのエリアにするつもりみたい。
どうするの』
『入場する冒険者は自己責任だよね。
だからその生死までは面倒見切れない。
僕としてはダンジョンコアさえ守れれば問題ないよ』
『そうすると残った問題はダンジョンボスのランクよね。
Sは欲しいわね』
『簡単にSランクの魔物の召喚が出来るの』
『スライムのその日の調子によるわね』
『分かった。
僕は色々と忙しくなりそうだから、アリスに一切を任せるよ』
俺の言葉にアリスが目を輝かせた。
『任された』
アリスは素直に喜んだ。
子猫姿で両手を上げて飛び回った。
あれ・・・。
もしかして任せたのは失敗か、・・・脳筋妖精。
だからと言って取り消すのは無理、・・・だろうな。
それでも期待を込めて念の為に確認した。
『ねえアリス、妖精フロアの拡張もしてるよね。
そちらも忙しいよね、仕事を増やして問題ないの』
アリスは意に介さない。
『大丈夫、大丈夫。
実際に働くのはスライムの子達。
居候の二人がしっかり監督しているから工事は順調よ』
『アリスの仕事は』
『私は眷属よ。
だから監督の上の監督、大監督よね』
アリスは思い付きを口にするだけなのだろう。
だとしたら、それを形にする居候の二人やスライム達の苦労が偲ばれる。
 




