(叙爵)14
招待されていない者がパーティーに来ることはない。
来て拒まれれば、面子を潰す。
無理して強行すれば悪評を残す。
通常、招待状のない者の来意は、
門衛が足止めしてから上司に判断を仰ぐ。
しかし今回、レオン織田子爵の馬車は本館前に着いてしまった。
となれば答えは一つ、俺達は慌てて踵を返した。
幸いな事に遅れて来る招待客を持つ為に、
コリンやドリス達が本館前で待機していた。
そのコリンが馬車に歩み寄った。
ドアに手をかけ、丁寧に開けた。
俺の側にいたダンカンも間に合った。
下りて来る者をエスコートしようとした。
それが男性だと知ると、ドリスに代わった。
長身痩躯の男がドリスのエスコートで下りて来た。
貴族にしては派手な夏の衣服。
それが嫌味ではなく、妙に似合っていた。
切れ長の目でドリスに微笑む。
「ありがとう」
戻って来た俺達に気付いたのだろう。
ニコヤカに笑いかけた。
「申し訳ない。
少し遅れたかな」
爽やかな仕草で俺やポール殿に挨拶した。
ポール殿も負けてはいない。
疑問を押し殺し、冷静な声を返した。
「これはこれは、レオン織田子爵殿。
お久しぶりですな。
こちらには何用ですかな」
「義兄の代わりに参りました」
懐から招待状を取り出し、側のドリスに手渡した。
ボール殿がドリスから受け取り、それを開いた。
「確かにアレックス斎藤伯爵様に送った招待状ですな。
それで伯爵様は・・・」
伯爵の妹・アニーがレオンに正室として嫁いでいたので、
二人は義兄弟になる。
「体調を崩されたので、急遽、私が代理として参りました」
それで疑問は解消されたが、モヤモヤ感は減じていない。
何故、代理がレオンなのか。
ポール殿とレオンが他愛もない会話を交わした。
大人としての意味のあるような、ないような会話。
同じ国王派閥とは言え、胸襟を開いて語り合う仲ではなさそうだ。
その隙間を縫うように執事らしき男が馬車から下りてきて、
祝い品を二つ、ダンカンに手渡した。
「アレックス斎藤伯爵様から預かって来た物と当家からです」
男の仕草は洗練されているとは言い難い。
けれど粗野とも言い切れない。
貴族社会に慣れていないだけなのだろう。
男はダンカンとの遣り取りを終えると、俺に正対した。
愛嬌たっぷりの笑顔で挨拶した。
「レオン織田子爵家に仕える執事のサイラス羽柴と申します。
以後、宜しくお願いします」
途端、レオン織田子爵がサイラスに歩み寄り、右手を動かした。
後頭部をパカーンと平手打ち。
「出過ぎだ」
「申し訳ございません」
サイラスは打たれた頭を押さえたものの、愛嬌は消さない。
大げさに俺に頭を下げ、二歩三歩と後退り。
それを呆れたように見つつ、レオン殿が俺に正対した。
「すまんな、俺が紹介すべきなのに執事が勝手に挨拶してしまった。
俺がレオン織田子爵だ。
そして、こいつは執事のサイラスだ。
元は平民だが、出来る奴なんで執事に起用した。
上太夫爵だ。
仕事は出来るんだが、性格がアレでな。
何はともあれ宜しく頼む」
性格がアレとは・・・。
もしかして出しゃばり気味とか・・・。
俺は苦笑いで返した。
「僕も元は平民なので礼儀には詳しくありません。
気にしないで下さい。
・・・。
レオン織田子爵殿、こちらこそ、宜しくお願いします。
・・・。
サイラス羽柴殿も宜しく」
正解かどうかは知らないが、心の奥底では溜息をついた。
ふー、コーヒー頂戴。
レオンは爽やかな顔をしているが、目は笑っていない。
サイラスも愛嬌たっぷりだが、こちらも目は笑っていない。
ある意味、二人は似た者同士。
背中を預けてはいけない相手のようだ。
幸い、ここに高ランクの者はいない。
鑑定した。
「名前、レオン織田。
種別、人間。
年齢、二十七才。
性別、雄。
住所、足利国尾張地方犬山村住人。
職業、尾張地方の寄子、子爵、子爵領地所有。
ランク、C。
HP、100。
MP、125。
スキル、土魔法☆☆☆、剣士☆」
ユニークスキル、楽市楽座☆☆」
「名前、サイラス羽柴。
種別、人間。
年齢、二十九才。
住所、足利国尾張地方犬山村住人。
職業、レオン織田子爵家の執事。
ランク、D。
HP、90。
MP、100。
スキル、土魔法☆☆。
ユニークスキル、外交官☆☆」
二人の共通点は土魔法と珍しいユニークスキル。
織田子爵家の家運が上がった理由はこの主従にあるのだろう。
そんな考えが頭の片隅に芽生えた。
だとしたら背中を預けられないのは当然として、敵対するのも拙そうだ。
慎重に付き合うしかないけど、うん、ここは大人達に丸投げだ。
そうしよう。
と、レオン殿が乗って来た馬車が騒がしくなった。
女達の声。
「下りるわよ」
「いけませんよ、お嬢様」
「下りる」
「まだお呼ばれしてませんよ」
ドレス姿の少女が馬車から飛び降りて来た。
軽く揺れる金髪。
皆の視線が向けられるが彼女は全く気にしない。
スタスタとレオンに歩み寄り、抗議の声を上げた。
「お兄様、いつまで待たせるのですか」
「お前はまったく、・・・困ったものだな」
少女は俺に笑顔を向け、淑女らしい仕草で挨拶した。
「お久しぶりですわね、ニャン。
ニャンではいけませんわね。
失礼しました。
今はダンタルニャン佐藤子爵様ですわね」
レオンの異母妹・ジャニスだ。
彼女の守役の女武者・エイミーが血相を変えて馬車から飛び降り、
俺に申し訳なさそうな顔で言う。
「お嬢様が失礼しました」
「気にしなくていいよ。
二人とは久しぶりだから嬉しいよ」
「そうよね、ダンタルニャン様」ジャニスは屈託がない。
「ジャニスお嬢様に様付けされると照れるな、はっはっは」
俺が笑いを漏らすと、それにジャニスがのっかって来た。
ひとしきり笑うとジャニスは表情を改めた。
淑女の顔で皆を見渡した。
「失礼しました。
フレデリー織田の娘のジャニスと申します。
本日は兄・レオンに誘われて参りました」




