(叙爵)13
予定していた貴族訪問は終わった。
残すは披露パーティーのみ。
子爵様となった俺のお披露目だ。
通常は夜会なのだが、お子様なので昼間のパーティーになった。
そういう訳で俺は本館の馬車寄せの前に立った。
お客様のお出迎えだ。
俺と肩を並べているのは執事のダンカン、後見人のポール殿。
俺付メイドのドリスとジューン、執事見習いのコリンとスチュワート。
後ろの第二列目には来場者の馬車を誘導する兵士達。
ここにいないカールとメイド長のバーバラは他の使用人達を率いて、
一階ホールにて来客を待っていた。
全ての貴族を招待した訳ではない。
訪問した貴族は当然だが、他はポール殿の人脈に頼った。
偏りはあるだろうが、現在の俺の人脈は皆無なので致し方ない。
最初のお客様は徒歩の集団だった。
持つべきものは仲間、幼年学校のクラスメート達が来てくれた。
平民ばかりなので、学校の制服・橙色のローブ姿。
今日は夏休みの最終日前日なので、一人の漏れもない。
先頭のキャロルが代表した。
「ダンタルニャン佐藤子爵様、本日はお招き頂き有難うございます」
それに合わせて皆も一斉に挨拶した。
男児と女児の混声が辺りに響き渡った。
俺は得も言われぬ心持ち。
「ありがとう。
みんなが来てくれて嬉しいよ。
夏休みの間に、こんな事になってしまった。
お子様子爵様の出来上がりだ。
でも学校では身分は関係ないから、これまで同様にね」
「ダン呼びでいいの」キャロルは分かってくれた。
「当然だよ。
学校と冒険者パーティはそれで。
でないと気持ちが悪い」
「分かったわ」
キャロルの合図でマーリンとモニカから祝い品を手渡された。
気持ちが重い。
「これは」
「みんなから」マーリンが言う。
お金を出し合ったのだろう。
「負担にはなってないよね」
モニカが明け透けに言う。
「なに言ってるの、ダンタルニャン佐藤子爵様が成人した折には、
私達の役に立ってもらうつもりなんだから、気にすることないわよ」
「はっはっは、分かった。
成人したら、みんなの役に立つよ」
案内は齢も近いスチュワートに任せた。
彼等彼女らが玄関を入ると同時に音楽が始まった。
一階奥のホールからだ。
雇った楽団が待ち兼ねたかのように弦を掻き鳴らした。
ベースが先頭でリズムを刻み、ちょっ遅れてギターが合流し、
頃合いよしと見た吹奏隊が大音量で加わった。
次に現れたのは小型の箱馬車。
シンシア、ルース、シビルの三人が馬車を借りて現れた。
流石に大人。
コリンが馬車のドアを開け、ダンカンが下りる三人のエスコートを行う。それぞれが良い笑顔で馬車から下りてきた。
初めて見るドレス姿。
三人とも元国軍士官で冒険者。
鍛えられた体躯は当然として、背筋が気持ちいいくらい伸びていた。
屋敷を持たない野良の貴族ではあるが、雰囲気は正しく貴族の淑女。
シンシアが代表して一歩前に出た。
「ダンタルニャン佐藤子爵様、本日はお招き頂き有難うございます」
後ろの二人も声を合わせた。
大人の女性三人の声は格別なもの。
思わず照れてしまった。
「ありがとう。
これからもダンとして宜しく」
「はい」
「私達三人から心ばかりの物よ」
これは、これは。
ずっしりしている。
三人は独身なので金銭に余裕がある。
かなりの物だろう。
開けるのが怖い。
ルースが敷地を見回して言う。
「流石に子爵様。
良いお屋敷ね」
「ありがとう。
下賜する前に新築同様に手入れしてくれたみたい」
示し合わせたかのように、間を置かずに三組目が現れた。
シェリルの実家・京極侯爵家の馬車だ。
事前に聞かされていたので、打ち合わせ通りにコリンがドアを開け、
メイドのドリスが一人目をエスコートした。
アーリン京極が下りて来た。
壮年の男は礼儀正しくドリスに礼を述べ、ポール殿に目礼し、
俺をまじまじと見詰めた。
まるで虫か何かを観察するかのよう。
彼にとって俺は悪い虫扱いなのかも知れない。
俺からすると、ただの学友にして、ただの冒険者仲間。
二人ともまだ子供なんだけどね。
でも親からすると無理からぬこと。
「君がダンタルニャン君だね」
「はい、侯爵様」
「娘が世話になっている」
「いいえ、こちらこそお世話になっています」
侯爵は目色をきつくした。
「うちの娘はどうかね」
どうかねと言われても、色々な意味が含まれてるようで・・・。
「はい、学校でも冒険者としても、大いに助けられています」
たぶん、これが正解だろう。
執事らしき男性が下りて来て、侯爵の背後に控えた。
エスコート役がダンカンに代わり、シェリルとボニーが下りて来た。
そのシェリルが侯爵の背中をポンと叩いた。
「お父様、後ろがつかえてますわよ」
侯爵が顔色を改めてシェリルを振り返った。
「そうかそうか、すまん。
私は先に入るとするか」執事を連れて、ドリスの案内で先に行く。
シェリルが俺に挨拶した。
「おめでとう。
これで貴族の仲間入りね」
「ありがとう。
でも正直に言うと、喜んで良いのかどうか分からない」
「その辺りの噂は色々と聞いているわ。
でも、取り敢えず喜んでなさいよ。
困った事があったら京極家が助けるわ」
「それは助かる。
その際は宜しく」
「任せなさい」
脇からボニーが俺に祝い品を二つ、手渡した。
「大きいのは侯爵家から。
小さいのはお嬢様と私から」
時刻が迫ると次々に馬車が来た。
多くはポール殿の伝手の貴族だった。
皆が皆、祝い品持参で俺に挨拶した。
その挨拶の際に察したのだが、彼らの関心は俺ではなくポール殿。
あからさまにポール殿には丁寧な挨拶をした。
その様子からポール殿の権力が窺い知れた。
文字通り、王の最側近にして懐刀なのかも知れない。
残念な事に旗下とすべき佐藤家諸家が姿を見せない。
ただの一家もだ。
これは彼等の意思表示なのだろう。
そろそろパーティーを始める刻限になった。
ホールに向かおうとする所に、猛スピードで馬車が入って来た。
そして馬車寄せで止まった。
馬車の前後左右の四面、
その左上隅に描かれている家紋は・・・。
ポール殿が首を傾げた。
「尾張のレオン織田子爵だ。
招待していない筈だが」とダンカンを振り返った。
「ええ、招待していません」ダンカンも同意した。




